LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

8月のエオルゼア 19.08.31

 

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8月も半ば、東京はうだるような猛暑日の連続で、夏の間は過ごしやすい山梨に戻っていたいと思ったり、まだ休んでいたいという気持ちもあったが、それよりも今進めている企画を進めたい気持ちの方が勝っていた。東京から戻るなり取り憑かれたように仕事に励んだ。
日も落ちる頃、ようやく暑さが和らぐ。
「お疲れ様です」
缶コーヒーが差し出される。伸びた手の先を見ると吉田さんだった。
「順調ですか?」
おかげ様でと返しながら受け取った缶コーヒーはひんやりして気持ちよかった。
「小坂先輩いなくなるの寂しいですね」
「いなくなる?」
「今月いっぱいで辞めちゃうらしいですよ」
聞いてない、そんなこと一言も聞いてない。
「なんか、地元、秋田?に帰るんですって」
一緒にこの企画進めてくれるんじゃ。
「結婚かなー、許嫁とかだったりして、くぅー仕事人間仲間だと思ってたのにー」
あんなに仕事が好きだって言ってたのにどうして辞めちゃうの?
「前に珍しく休んでた日あったらしいじゃないですか、私も休んでて全然知らなかったんですけど。なんかその日から決まってたらしいですよ」
なんで今まで、今も何も言ってくれないの?
沢山の疑問で頭がぐるぐる回る。視界が白んでいく。
「大丈夫ですか!? 休み明けから働きすぎですよ。たまには帰ってゆっくりしてください」
「先輩は!?」
「もう帰りましたよ」
今日はログインをしないまま寝た。どんなに遅く帰っても5分だけと言ってログインして、結局夜更かしをしてしまうような毎日だったけれど、今日初めてログインをしなかった。

 

いつもより早く家を出た。
会社にはやはり先輩だけがいた。
いつものように花瓶の水を取り替えていた。
「先輩!」
ん~? と気の無い返事が返ってくる。
「今月いっぱいだって……本当ですか?」
「ああ、吉田から聞いたのか、アイツ喋ったのか」
「どうしてですか?」
「いろいろあってさ、実家に帰る事にしたんだ」
「いろいろってなんですか?」
「そんなことより、企画の」
「そんなことじゃないです! 大事なことです。だいたい、先輩いなくなったらこの企画どうするんですか?」
「そりゃ、藤野の企画なんだから、藤野が進めればいいじゃない」
「いままで二人でやってきたじゃないですか、なのにどうして急に」
「もう藤野なら一人で出来るよ」
「私先輩がいたから……」
「悪い、電話だ」
電話を取ると「お世話になっております~。ええ、例の件ですが、――」
そのまま私の前から立ち去ってしまった。

その日先輩が席に戻ることはなかった。次の日も、その次の日も先輩とすれ違いでなかなか話す機会がないまま8月の30日、先輩が退社する前日だ。
「小坂さんはなんで辞めちゃうんですか」
「なんでって言われても個人情報だからねぇ、本人から聞いてないならこちらからは言えないよ」
部長が頭を掻きながら言う。
「企画の方、順調みたいだね、よく頑張ってる」
「そんなの……」
部長が一つ咳払いをする
「小坂君が休んだ日があったの覚えてる?」
「覚えてます」
「実はあの日にはもう辞める事が決まってたんだよ」
「知ってます」
「そうか。じゃ、なんですぐ辞めなかったか分かる?」
「それは引き継ぎとかいろいろあっただろうし」
「それもあるかもしれないねぇ、でもね、彼女こう言ったんだよ」
――綺麗な花が咲きそうなのに腐りかけてる蕾がある
「ほっとけないんだって。彼女、花とか好きだろう? とても大事な蕾を見付けたんだろうね」

 


沖之岩近海、釣り針に活海老を付けそのまま遠くに投げる。釣りの作法等知らなくともボタンを押すだけでやってくれる。ボーっとコントローラが震えるのを待つ。震えたらボタンを押すだけ、すると糸が左右に振られるなどの演出を経て結果を知る。
「またカタクチイワシ、たまにはヤワクチイワシとか出てこい」
ため息が漏れる。
「ヤワクチイワシは見たことありませんね」
今日のお目当てはヤワクチイワシさんですかとシラツユさんが笑う。
「前に教えてもらった紅玉藻を釣ろうと思ったんですけど、なかなか釣れなくて」
そのうち釣れますよ。といいシラツユさんは私の横で糸を垂らした。

「今まで一緒に頑張ってきた人が明日でいなくなっちゃうんですよ。理由を聞いても教えてもらえなくて」
「寂しいですね。私も同じような経験しました」
エオルゼアの中の話ですけど。と前置きをして続ける。
「憧れというか尊敬というか、あの人がいたから今の私があるんですけれど。昔の私はこんな風に人と話すこともロクに出来なくて、自分から何かしようとか思わなかったんですよ。でも、そんな私にも、いつもみんなの中心にいたあの人はお構いなしにアプローチしてきたんです。ほんと毎日毎日、まったく」
怒るエモートをしていたがどこか嬉しそうだった。
「でもそれが嫌じゃなかったんです。嬉しくて、楽しくて、あの人の周りは笑顔で溢れてて、もう憧れるしかないじゃないですか」
きっと彼女は泣いているのだろう。でもそれは悲しみの涙じゃないだろう。
「先週のイベントもあの人と一緒に始めたんですよ。最初は真似しながら、いつかあの人みたいになれるかなって」
彼女の垂らした餌はいつの間にかなくなっていた。
「ある日、急に辞めるって言いだしたんです。理由を聞いても答えてくれなくて。最初は納得いかなかった。私はあの人に憧れてしまったんだから勝手にいなくなってもらっては困るって、せめて納得できる理由が欲しかった。でもあの人は最後まで理由を言わなかった。でも意地悪で言わなかった訳じゃないのは分かる。どうしても言えない理由があったのだろうと。もしかしたらそれを知ってしまったら傷付くのは私だったのかもしれない。だってあの人はそういう人だから、誰よりも人を愛してた。わかるんです。悔しいくらい大好きだから。あの人が選んだ決断なら私はそれを尊重したいと思ったんです」

 

 

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彼女はもう一度、糸を垂らす。

 

「だから、私は今でもあの人に守られている気がするんです。もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれない。私があの人に憧れた気持ちも過ごした時間も全部本物だから。だから私はそれを持ってしっかり前に進もうと思ったんです」
釣り竿が大きく左右に揺れる。すぐに彼女は獲物を狙うハンターの目に変わった。
私の釣り竿も揺れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
先に雄たけびを上げたのはシラツユさんだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
シラツユさんに倣って私も雄たけびを上げる。
「紅玉藻! 釣れましたか」
「はい! シラツユさんが釣ったのは」
「春不知! ヌシです」
ヌシだけを釣り上げ誇らしげに帰っていく背中は、なんとも逞しかった。

 

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迎えた8月31日。
「私は腐りかけの蕾に話しかけていただけ」
「だれが腐りかけですか……」
「そしたらさ、綺麗に咲くんだよな。すごいよな」
手に持った花瓶から一輪の花を差し出した。
竜胆という花だ。
「一人でもやっていける。でも藤野は一人じゃない」
「昨日今日が明日の私の味方ですか?」
照れくさそうに笑う先輩。
「まー、そんなところかな」
「先輩、とんぶりって知ってます?」
「ん?」
先輩がきょとんとした顔で私を見る。
「ホウキグサの果実、もうすぐ旬なんですって」
「ああ、とんぶりね、うちで採れるよ」
「毎年送ってください」
「あれ、好きなの?」
「知りません」
「なんだ食べたことないのか、じゃあ毎年送るから、口に合わなくても残さず食べるんだぞ? 私はあんまり好きじゃないけど」
「ぺろりと平らげてみせます」
「食べたことないくせに、後悔するぞ?」
「そんなに、ですか?」
大袈裟に怖がって見せる。
「さあ?」
竜胆の花が西を向く。窓辺から差す陽が先輩の顔に陰を作る。
「忘れたら恨みますからね! 包丁持って追っかけまわしますからね!」
こわいこわいと言いながらおどけて笑う先輩は竜胆のようだった。
「ねぇ、気付いてた? 藤野に何も教えてないってこと」
先輩はじっと竜胆の花を見つめている。
「ちょっと違うな、聞かれたこと以外は教えてない」
ゆっくりと視線を上げる先輩と目があった。
「藤野は、ちゃんと一人で歩けてたんだよ」
――ううん、いっぱい教えてもらいましたよ。その背中に。

 

 

 

 

8月のエオルゼア
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---- 星合いに想う空 19.08.17
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------ 黄昏に向かう花 19.08.31
------- 次週 この世界の向こうに 19.09.07
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