LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

12月のエオルゼア 第三話 20.12.28

 おかしい。連絡がない。人に心配をさせないようにすぐにでもスマホを買い替えにいく。河野莉子はそういう人間だ。しかし週末を迎えようというのにあれから音信不通だ。試しに電話をかけてみるが、コール音すらならない。

「やっぱり壊れたままか」

「え? 課長のことですか?」

 違うと分かっているくせに、とぼけた顔で後輩の山城が声を掛けてくる。

「な訳ないだろ、トミさんは少し壊れた方がいいくらいなんだぞ」

「どういうことです?」

「そういうこと、はい行った行った」

 面倒な後輩を適当にあしらう。遠くで富岡のくしゃみの声が聞こえてくる。ふと、先日莉子が鼻をすすっていたのを思い出した。子供じゃないんだから必要以上に心配する必要もないかと自分に言い聞かせる。

「でも、あの年でアレだからな……」

 富岡がはるかの視線を感じ不思議そうに首をかしげる。

 

 体調管理のなっていない上司に先日休んだツケだと仕事を押し付け定時に上がる帰り道、莉子の家の近くにあるスーパーに寄った。青果の特売品のコーナーに少し傷んだリンゴが一つ。真っ赤に熟した綺麗なリンゴとそれを並べて買い物カゴに入れた。

 スーパーを出ると分厚い雲が空を覆っていた。

「そういえば今夜も降るって言ってたか」

 ぽつりぽつりと振り出したかと思えば、途端に雨脚が強くなり、持ち歩いていた小さな折りたたみ傘では心もとなくなる。シャッターのしまった八百屋の軒先で雨宿りをする。

 買い物袋から、リンゴを取り出し噛り付く。

「なんにも変わらないのに」

 一齧りした痛んだリンゴを袋に戻し、軒先から駆け出した。

 スーパーから莉子の家まではそう遠くはない、慣れた道を小走りで行くと5分ほどで着いた。それと同時に雨も弱まった。ふうと白いため息が漏れる。莉子は寝ているのか、出掛けているのか家には電気がついていなかった。

 連絡の取れない親友を心配して数日の内に二度も訪れる私は心配性だろうか。ただ、暗闇の中で道を見失う前に、ささやかな灯火を、ほんのわずかにでも明かりを灯せれば。

 扉の前に座り、ハンカチで雨をぬぐう。齧りかけのリンゴを取り出してもう一度噛り付こうとすると、部屋の中からガタンという音がした。

 ドアノブに手をかける。思わず力が入った。

 鍵はかかっておらず、勢いよく扉が開く。

「莉子!!」

 

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「おはようございます、今日はいい天気ですね」

 玄関の開いた扉から老婦が顔を出す。扉の隣で「白石」と彫った石が立派にこちらを出迎えている。

「おはようございます、ええ今朝は幾分気分が良いです」

 助けを必要としている人を介護する。それが私の仕事だった。全くもって華やかでもないし、肉体労働で休みも少なく毎日身体はへとへと。それでも介護の仕事は向いていたのかもしれない。相手が何をしてほしいのか分かる。何をすればいいのか私にも分かる。人と人とが接するのにこんなに分かりやすいものはないだろう。だから身体介助や生活援助は得意だった。でもメンタルケアだけはどうしても苦手だった。だからここでも私はロールプレイをしていた。彼女ならどうするか。彼女なら何と言うか。その基準に従えば、苦痛ではなかった。毎日のようにRikkaというキャラクターを通じて彼女を演じていたから。

「昨晩、すごい雨でしたが河野さん大丈夫でした?」

「ええ、携帯電話が雨で壊れてしまいましたが身体はピンピンしてます」

 と胸を張ると「まあ」と老婦の顔に一層皺が寄る。白石さんこそ大丈夫でしたかと尋ねると微笑んだまま「ええ」と返ってきた。

「今日のお散歩のお時間に携帯電話を買い行ってはいかがかしら?いまの人はそれがないと困るでしょう?」

「携帯電話買うのってすごい時間かかるんですよー、それに社用の携帯があるのでご心配には及びません。お気遣いありがとうございます」

 笑顔で応対すると老婦が穏やかに微笑む。

 彼女には孫がいて、一度お会いしたことがあるのだが、私と同い年の女性だった。人見知りであまり人と会話しないそうだが、私とどこか似たものを感じたのだろうか、白石さんはまるで孫に接するようだった。

「あまり気を張り詰めてはお体に障りますよ」といつも介護する側の私を心配するのは、おそらく私の本質を見抜いているのだろう。だからといって、私がこのロールプレイをやめることはない。これは私の処世術だからだ。

 

 本当の自分とは何なんだろうか。

 一度だけ、そんな独り言とも言える問いかけを零してしまったことがあった。

広い緑地公園の中、青く澄んだ空にふわりと浮かぶ白い雲。そんな中白石さんの車椅子を押しながら歩いていると、ふと気が抜けてしまったのだろう。思わず零れてしまっていた。

「人はどれほど偽ろうとも、そこに心がある限り滲み出るものです」

 私がどれだけ十全に偽っても私が私である限り、私でしかない。まさにそうなんだろう。だとしたら今の私はひどく滑稽に写っているのかもしれない。

 いま私の生活の中で偽りのない情けない自分をさらけ出すのは、一人のときか家族と過ごすときくらいだろう。

ただ、今更思いつめるような事でもなくぼんやりと空を眺めていると太陽に白い雲がかかる。

「人は気付かぬままに、心の中にたくさんの人を住まわせているものです。貴女の心に誰かが生きているように、貴女も誰かの心に生きているものです」

 白石さんが何故この時、このタイミングで言ったのかは分からない。言葉の真意も分からない。たまたまこのタイミングだったのかもしれないし、真意なんて無いのかもしれない。今の私にはなにもかもが良く分からなかった。

 気付けば雲は流れ、燦々と太陽は輝いていた。今でも胸に残っている。

 

 オレンジ色の太陽が長い影を伸ばす頃、待っていたかのように少しばかり気早に街が色めき立つ。通りすがる人はその一日を労う言葉を交わしあい。次の約束を取り合う。その言葉に、言葉に足る意味がないことは誰もが知っているだろう。

 「またね」の「また」とはいつなのだろうか。そんなことすら考え込んでしまう私はやはり向いていない。

 最後に親に会ったのは、3年前の正月だった。そのとき父から「またな」と言われたが、その「また」は未だ果たされていない。特別な理由があった訳ではない、単に仕事が忙しく遠方の実家に帰る時間が取れないというだけだが。

 そんな「またね」に重圧を感じる。言葉の一つ一つがそうやって重みを増していき、何も喋れなくなる。

 しかし、今の時代会わなくとも連絡は取れる。つい先日も父親とメールのやり取りをしたこと思い出す。

「近い内に帰ってこれないか」

「仕事が忙しくてちょっと難しそう」

 と、ただそれだけ。業務連絡のようなやり取りだったが、それでも会ったような気にもなるし、いつでも会える気がする。そんな時代なのかもしれない。

 返信するや否や「そうか。仕事頑張れ。またな」と返ってきていた。

 「また」とはいつだろうか。またメールするということだろうか。おもむろにカバンから壊れた携帯電話の電源を入れてみる。画面が明るく光った。乾いて治ったのだろうか。一通のメールを受信し開封すると、すぐに電池切れのマークが点灯し電源が落ちた。再び使えなくなった携帯をカバンに戻し空を見上げる。月明かりが輪郭を曖昧に照らす。仕事落ち着いたら帰る時間作ろうとぼんやりと星を数えた。

 

 エオルゼアの夜、現実の時間にして30分弱といったところだろうか。空の青は深くなり、一面に星が散らばり、月明りがほんのりと身体に沁みる。

 新しいコンテンツが実装された直後やゴールデンタイム以外は、FCハウスの前で過ごす人が多い。特に急いでやりたいこともない限り、談笑している時間が大半なのかもしれない。

「うげ!この魚めっちゃ高いじゃん、誰か漁師レベル上げてる人いない?」

 メンバーの一人がマケボを見ながら他のメンバー達に問いかける。

「漁師は上げてないね」

 少なくともその場にいた面々はどうやら誰も上げていないらしい。

「眠くなるんだよねー」

 退屈だとか面倒だとかそういった理由が多い。だったら楽しくやれればいい。

「じゃあさ、釣り大会やってみんなでレベル上げちゃおうよ」

「イベントかー、いいねー」

 私の提案にメンバー達が食いついた。釣り餌に群がる魚のようだと思わずニヤついてしまったのは、心の中にとどめておいた。

「お魚さんみたいですね」

 心の声が漏れてしまったのかと思ったが、どうやら発言者はツユちゃんだった。

「俺たちイベントって聞くとすぐ食いついちゃうからなー」

「生け簀に放り込まれた魚かもw」

「ツユちゃん餌ちょうだい餌!」

 大まかな日時と内容だけみんなで決めて、あとは私とツユちゃんで詳細を詰める事にした。

「ツユちゃんと私ですっごい面白いイベントに仕上げるから、口を大きく開けて待っててね」

 ああでもないこうでもないと思ったことを思った側から発言していき、それをツユちゃんがまとめて整理してくれる。こうして聞いてくれる人がいるから安心して発言できる。そんな息のあったコンビになれていたと思う。それこそ、私とはるかのようでもあった。

 ツユちゃんとの打ち合わせも一段落したところで、よく使う方の携帯が鳴った。



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