12月のエオルゼア 第四話 20.12.29
私はいまとても緊張している。なぜなら私はいまとても緊張しているからだ。
何を言っているのか自分でも分かっていない。リッカさんと一緒に話を進めてきたイベントがまもなく開催されるのだ。一緒にと言っても私はリッカさんの案をまとめて整理してるだけの書記のようなものだったが。進行はリッカさんがしてくれるから間違いなく大成功だと確信している。でも「盛況だったら2回目はツユちゃんに進行してもらおう」とリッカさんが言うものだから、私は気が気でない。少しでもリッカさんの進行っぷりを見て学ばないと。私はいまとても緊張している。
「ツユちゃん回線調子悪い?」
違うんです!これは回線の問題じゃないんです!
「なんかさっきからカクカクしてるよ?」
私の頭と心の回線の問題なんです!初期不良です!
「……何してるんですか?」
私の動きに合わせてリッカさんがカクカク動いている。
「ツユちゃんの真似~」
「私そこまで挙動不審じゃないハズです」
思わず笑みがこぼれる。いつもそうだこの人は私の心をほぐしてくれる。
「ありがとうございます、イベント大成功させましょう!」
リッカさんとともに鬨の声を上げる。
ルール説明をした後、上位入賞者には賞品があることを伝えると、参加者一同盛り上がりやる気に満ち溢れた様子だった。リッカさんの掛け声とともに参加者が一斉に釣りを開始した。
進行は全てリッカさんにお任せしてイベントに参加させてもらっている。リッカさんは参加者一人ずつ声を掛けて回っており、私のところにも来てくれた。
「どうですか!?ツユ選手!釣れてますか?」
リッカさんの心配りと持ち前の明るさで楽しい雰囲気を維持したままイベントは終了した。
釣りの結果は芳しくなかったが、リッカさんの進行ぶりを見るという点においては大漁といえた。
参加メンバー達が「楽しかった」「次はいつ?」なんて言ってくれるものだから、大して何もしてないけれど、それでも私も関わったことだから、とても嬉しかった。そんな気分に浸かるのも束の間だった。
「次は来月やるよ~、なんと進行はツユちゃんがやるからみんな楽しみにしててね」
私はいまとても緊張している。なぜなら私はいまとても緊張しているからだ。まだひと月も先のことだが、既に私はいまとても緊張している。
自分の携帯よりも使い慣れたそれに耳を当てる。
「もしもし、お疲れ様です。河野です」
「河野さん? 白石さんがお亡くなりになられました」
よくあるとまでは言わないが、この仕事をしている以上そうなることは他の人よりも多いだろう。ただ、私が担当を持ってからは初めてのことだった。
先日訃報を受け、白石さんの通夜に来ている。ご家族にお悔やみの言葉を述べ参列者の中に混ざる。
白石聡子享年86歳。ちょうど女性の平均寿命くらいだろうか。特にボケる事はなかったが、晩年は腰を悪くし車椅子で生活をしていた。私が初めて担当した方が彼女だった。いつも優しく微笑んで春の陽だまりのような暖かい人だった。今日も穏やかな表情で眠っている。先日お会いした時はお身体に異常はなく、ご家族曰く昨日突然冷たくなっていたそうだ。彼女の慈愛に満ちた眼差しは長い経験から培ってきたものなのだろうか。彼女にも若くて幼い剥きだしの脆くも弱い、そんな時期はあったのだろうか。私はいまちゃんと悲しんでいるのだろうか。粛々と進む通夜と妙に冷静なままの私。焼香を終えると、ああ、これは儀式なのだと。これは生きている人の為の、生きている人が過去にお別れする為の儀式なのだと。思考の出口を見付けた。
先日彼女は言った。
――貴女の心に誰かが生きているように、貴女も誰かの心に生きているものです
彼女は私の中で生きている。それは過去ではなく、今この胸に共に生きている。だから私にこの儀式は必要ない。
ぽつりぽつりと雨が屋根をノックする。空を見上げても月も星も見当たらない。頬を伝う雨が流れ星の様に光ってくれでもすれば、少しばかりは彼女への弔いにでもなったかもしれない。今夜くらいは晴れてくれれば良かったのに。
――またね。
彼女は別れ際には必ずそう言った。最後に会った日の最後もそう言った。
――またね。
でも今夜は言わなかったね。
――またね。
今夜は初めて彼女に言った。
「またね」
気のせいかな。少しだけ微笑んだような気がした。
なぜその言葉を口にしたのかは、この時の私はよく分かっていなかった。頭で考えるより先に自然と口から零れていた。
雨脚は次第に強くなり、体が冷えていく。激しい雨音が雑音をかき消してくれるようで、冷たい雨が妙に熱っぽい体を冷ましてくれるようで。心地よかった。
傘を持っていなかった訳ではない。予報は雨で、空を見上げても一雨来そうだと分かる色をしていた。上京する際に父親がくれた白い傘。雨に濡れないようにそっと抱きしめながら歩いた。
心が湿っているのも雨のせいで、お日様に当たって乾けば私の携帯のように元に戻るだろう。家に着く直前で雨が止んだような気がした。首筋にステンレスのひんやりとした冷たさを感じられるくらいには体が温かくなったような気がした。
既にずぶ濡れの私には気休めにしかならない見知らぬ大きな傘を閉じて自宅の扉を開ける。傘立てに傘を差すと、傘と傘がこすれあう音がした。
イベントが終わってからリッカさんがログインをしていない。と言っても3日程のことだが。彼女は忙しくなると事前にいついつまで忙しくてイン出来ないかもしれないと教えてくれたものだが、今回は何も聞いてない。急に忙しくなることもあるだろうと思ったが、どこか落ち着かない。何かあったんじゃないだろうか。
「あれ?今日もリッカさんいないね、シラツユさんなんか聞いてる?」
どうやらFCメンバーも何も知らないようだ。
「お仕事忙しいんですかね」
せっかくなのでリッカさんについて聞いてみることにした。
「リッカさんって昔からあんな感じなんですか?」
「そうだよー、常に元気でパワフル!」
って言ってもリッカさんと出会ってまだ1年も経ってないから昔とかは知らないけどね。と笑う。
「最近はシラツユさんにご執心だから、シラツユさんの方が詳しいんじゃない?」
「よくイタズラされてますw」
「なんか自分に似てる気がするって言ってたよ」
「え、全然似てないです!もう私と正反対すぎて憧れですよ」
日陰でひっそりと群生するキノコのような私と太陽のように眩しくて明るいリッカさんが似ているはずがない。
「初めてリッカさんに声掛けられた日のこと覚えてる?」
忘れるはずがない、あの出会いは私にとって何よりも大切で宝物のような出会いだから。
「あの日ね、リッカさん……」
※ ※ ※
「私と同じ匂いがする子がいる!!」
「匂いってリッカさん僕らと違うゲームしてます?w」
「いや、例えというか、そんなことよりあの子と話したい」
「話してくればいいじゃないですか」
「なんて!?」
「お嬢さん、伏し目がちなその表情に惹かれ声を掛けずにはいられなかった私をお許しください。もしよろしければご一緒にお茶でもいかがですか?とか?」
「変なヤツだと思われるだろ!!」
「じゃあ、ミラプリ可愛いですねとかでいいんじゃないですか?」
「わかった!!」
※ ※ ※
「意気揚々と話しかけに行って、戻ってきたときには満足そうな顔で、やっぱり同じ匂いだったって言ってたよ」
「リッカさんらしいというかなんというか」
「もしかしたら昔はシラツユさんみたいな感じで、昔の自分を見ているようで放っておけなかったのかもしれないねぇ」
少なくとも今の二人は姉妹にしか見えないよ、と付け足して笑った。
いつか私もリッカさんみたいになれるのかな。リッカさんのように人の心を明るく照らすそんな人になれたらいいな。
「来月のイベント進行楽しみにしてるからね~」とあくどそうな表情をしながら彼は去っていた。
そうだ、思い出した。私はいまとても緊張している。なぜなら私はいまとても緊張しているからだ。
12月のエオルゼア
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