5月のエオルゼア 第二話
この世界の舞台設定は中世くらいだろうか? 木造りの暖かみのある店内を見回すと機械と呼べるような代物は一つも見当たらなかった。木製のバーカウンター、椅子、吊り下げられたハーブ。森林の中にいるような生の素材の香りがする。灯りはあるが火を使っている感じではないので電気は通っているのだろう。
しばらくするとアルと呼ばれる店主が帰ってきた。木製の扉が軋む音と共に女性の芯のある澄んだ声がした。
「おう、お前ら来てたのか」
猫のような耳は生えていないが、角がある。ところどころ鱗のようなものもある。尻尾は堅そうだ。道中受けた説明によれば、この特徴はアウラという種族だろう。
「おかえりー、待ってたよー」
イノリがアルに駆け寄り飛びつく。
「っあぶねえな、そっちはお客さんかい」
アルが飛びついてきたイノリの頭をポンと人撫でして身体から離す。
「そ、新人トラベラーのノーキくん」
イノリがボクの方を見てアルに紹介する。
「はじめまして……ノーキです。お邪魔してます」
「よろしく。私はアル、一応ここの今の家主だ」
アルはカウンターに入ると慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれた。
「コーヒー飲めるか? もう作っちまったけど」
カフェインは大好物です。よくお世話になりました。眠気覚ましには全く効かなくなるくらいには。
「おい、エディ! 一通り説明はしてやったのか?」
アルが窓際のテーブル席に座るエディに声を飛ばす。
「一応簡単には説明しましたよ」
「んで、この子のメインジョブは?」
「あ、それはまだ……」
「ちょうどこれから説明するとこだったんだよね? エディ」
イノリがアルに助け船を出す。この家の中でのヒエラルキーがだいたい分かった。
「お、おう」
「この世界にはなジョブってもんがあるんだ、いわゆる職業だな」
アルの話によるとこの世界では、大別して戦闘職と生産職の2つがあるという。戦闘職は前線で敵の攻撃を受ける盾役のタンク、回復薬のヒーラー、攻撃の火力を担うDPS職があり、生産職は素材から物を作り出す製造系のクラフター、素材の採集をするギャザラーというものがあるらしい。
「私は生産職でメインジョブは木工師、木造の物なら大抵作れる」
加えてクラフターとギャザラー系はどれもある程度はこなせるそうだ。
「私は、ナイトだよー」
ナイトはタンク系のジョブだそうだ。
「意外ですね」
「一つのジョブで剣と盾使いこなせるのってお得じゃない!?」
「イノリはちょっとアレなんだ」
エディがそう言うとイノリが分かりやすく頬を膨らませる。
「アレってなによー」
構わずエディが続ける。
「んで、俺が侍。DPSだ」
この世界のプレイヤーは短時間であらゆるジョブを使いこなせるようになるが、トラベラーはそうはいかないらしい。1年かけてもメインジョブを一人前にこなすのがやっとであれもこれもと手を出すと中々伸びないそうだ。だから最初のジョブ選びは結構重要なのだとか。
「ノーキだっけ? お前は何のジョブになりたい?」
何のジョブ……SEなんて都合の良いジョブないよな……。
「タンクは? タンクかっこいいよ!」
「自分で言うか? 男なら黙ってDPSだよな、火力職は男のロマンだ」
イノリとエディがどっちのジョブがカッコいいか言い争っている。
「かっこよさは、別に……」
『大事なこと』「だろ!!」「だよ!!」
思わず二人の息が合う。この二人は両方ともアレなんだな。と察した。
「あんまり戦いとかしたくないから、生産職かなあ」
「生産職でもいいけど、最初は戦闘職の方がいいぞ。クラフターは結局素材が無いと何も出来ないし、ギャザラーは素材を採る為にモンスターがいるフィールドに出るからな」
「え、アルさんのメインジョブは木工師じゃ」
「この人の本当のメインジョブは極悪魔道士だよ……いでっ」
アルが一瞬でエディに近寄りげんこつをお見舞いした。
「極悪じゃねえし、昔の話な」
「いまのはね、黒魔道士のスキルで一瞬で忍び寄れるの、便利だよね」
アルさんは昔はすごく強いDPS職だったそうだ。今ではすごいクラフターらしいのだが。
「なんで、戦闘職辞めちゃったんです?」
「私のことはいいから。自分のジョブは決まったのか?」
「ノーキは得意なこととかある? 前の世界では何のお仕事してた? まだ学生さんだったら、こういう仕事してみたかったーとか!」
得意なことなんてこれと言ってないな。SEの知識なんてこの世界じゃ役に立ちそうもないし。そうなると、なりたかった職業か。
「医者とか……」
「すごい! かしこかったんだね」
「いや、仕事はただのしがないシステムエンジニアだよ」
「だったら、学者とかどうだ?」
え、すごく堅っ苦しそうなのきた。
「あー、ヒーラー足りてなかったし学者だったら助かるわ」
エディがDPS推しからヒーラー推しに鞍替えしたのに合わせてイノリもヒーラーをほめちぎり始めた。
「いや、ヒーラー様あってのパーティですよね。是非ノーキもヒーラーに!」
ヒーラーには、3種のジョブがあるそうで、ピュアヒーラーと言われる純粋な回復役の白魔道士。事前にバリアを貼って攻撃を防ぐバリアヒーラーの学者。ピュアとバリアの両方をこなす占星術師。
「システムエンジニアなら相手の行動から逆算して組み立てていくバリアヒーラー向いてるかもな」
この世界の敵の一部、主にボスと呼ばれる強敵はある程度行動パターンが決まっているらしい。
「じゃあ、学者で」
「やったー!!」
イノリが大袈裟に喜ぶ姿を横目にすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。そういえばこの世界にもコーヒーとかあるんだな。
「学者ならとりあえず巴術士からだな、北部森林のコルク亭にナタクっていうヒーラーがいるはずだから紹介してやるよ」
「はじゅちゅし?」
噛んだ。
「うん、はじゅちゅしね。まずはヒーラーの先輩にお話聞きに行こっか」
善は急げとエディが立ち上がり身支度を整える。
「あの……おろしてもらってもいいですか?」
そう、この椅子にはイノリに勝手に乗せられて、自分で降りようにも慣れないこの身体では、上手く降りられそうにもなかった。もうやだ、恥ずかしい。
「ああ、ごめんね」
イノリがひょいっとボクの身体を持ち上げ椅子から降ろす。
「ついでにひそひそ木立によってアッシュ原木採ってきてくれ、お前らのギャザラーレベルでも伐採出来るだろう」
倉庫を覗きながら、エルム材は足りそうだななどとつぶやいている。どうやら現実世界のように木の種類もいろいろあるようだ。
「はーい」エディが気の抜けた声で返事する。
イノリとエディは寝食の保障の代わりにアルによくお使いを頼まれているそうだ。
そうしてボクらは、中央森林から歩いてコルク亭のある北部森林を目指す。
「うーわ、きっも」
中央森林に降り立ってすぐ、小さくなった身体とはいえ幼児くらいはあるボクを一飲み出来そうなくらい巨大なナメクジに出迎えられた。
「あれはツリースラッグっていう子でこの辺りにはいっぱいいるからすぐ慣れると思うよ」
「いっぱい……」
無理だ、やっぱり元の世界なんていいから引きこもろう。
「あんなん雑魚だ、気にすんな」
エディが一閃、瞬く間にツリースラッグを討伐した。
「いちいち倒してたらキリがないから無視していくぞ」
そう言うとエディが足早に歩いて行った。
「最初はいっぱいびっくりすることもあると思うけど、すぐ慣れるよ。大丈夫。ほら置いてかれちゃうよ」
イノリと共にエディを追いかける。
「エディー、もうちょっとゆっくり歩いて―、そんなに急がなくても大丈夫だから」
「うおっ!」「ん? どした?」
「草が!! 草が歩いた!!」
イノリやエディの2倍の背丈もある草が歩き出したせいで思わず腰を抜かしてしまった。
「ああ、あれはね、ローズレット! 草だよ!」
イノリが手を差し伸べる。
エディの言う通りいちいち気にしてたらボクの小さくなった心臓が持たない。ここはファンタジーの世界だ。もう次は驚かない。
中継地点のベントブランチに着くころには巨大ナメクジにも歩く草にも驚かないくらいには見慣れることが出来た。
簡易的な門の両脇には槍のようなものを携えた衛士が立っている。
関所みたいなものか、通行料とか取られるのか? 一文無しだが。とりあえず怪しまれないように平然とエディとイノリに合わせよう。
「……あれ? 素通り? 顔パス的な?」
「ああ、ありゃNPCだ。会話できるけど基本同じことしか言わないぞ」
エディが衛士に挨拶する。
「ここはベントブランチ牧場だ。牧場に用があるならさっさと行け。そうでないのならウロウロするな、警備の邪魔だ。」
「ほれ、ノーキも話しかけてみ?」
エディに言われるがまま恐る恐る挨拶してみる。
「こんにちはー……」
「ここはベントブランチ牧場だ。牧場に用があるならさっさと行け。そうでないのならウロウロするな、警備の邪魔だ。」
ホントだ。これはこれですごくリアルなロボットみたいで不気味だ。人類の技術もいずれここまで行くのだろうか。某ペッパーくんとは大違いだ。
「雨!」
イノリが声を上げると同時にザーっと雨が降ってきた。山の天気は変わりやすいと言うが森も同じなのだろうか。急に本降りの雨に追われ、牧場の厩舎の屋根に駆け込んだ。
肩を叩かれ振り向く。
「うおあ!!!」
馬のような大きさで黄色い毛をしたダチョウのような生き物がじっとボクを見つめている。思わず腰を抜かす。
「次はなんだ?」
「ダチョウが……なんか黄色いダチョウが!!」
「それはチョコボだ」
「クエッ」
チョコボが挨拶するかのように首を伸ばし鳴き声を上げる。
「可愛いよねえ、チョコボ」
「てか、くさっ」
「独特な匂いするよねー、でもその内お世話になるから早めに慣れておくといいよ」
また慣れないといけないものが増えた。本当にこの世界で生きていけるのだろうか……。
「とりあえず、雨が止むまでここで雨宿りするか」
「そうだね」
どうやらボクはこの匂いに早急に慣れないといけないようだ。
「チョコボはね、この世界の馬みたいな存在で人を乗せて走ることが出来るんだよ。性格も穏やかで人懐っこいの」
そしてすっごく可愛いとイノリは付け足しチョコボの頭の後ろの方を撫でる。
「クエ~」
チョコボが気持ちよさそうに鳴く。
「こんなでかいのに乗れるかな……」
「ララフェル用の小さい子もいるよ、ほらあそこにいる」
イノリが二回りほど小さなチョコボの方に駆け寄る。品種改良され種族に合わせたサイズのチョコボが存在するらしい。
「これくらいなら乗れそうかも」
先ほどのイノリを真似て小さなチョコボの頭を撫でるとすぐに身体の割に大きな足で蹴飛ばされた。エディが遠くで笑っている。
どこが穏やで人懐っこいんだ。前言撤回チョコボにはやっぱり乗れそうもない。
「そろそろ雨も終わりかな」
イノリがそう言うと本当に雨が止んだ。あっという間にカラッとした青天となった。森の天気は変わりやすいようだ。
「確かこの後はしばらく晴れだったはずだから行って帰ってくる分には大丈夫だろう」
「この世界にも天気予報みたいなものがあるんだ?」
雨が止んだのを確認してエディが厩舎を出る。
「街とかに天気予報士がいてな、各地域の天気を教えてくれるんだよ。しかも的中率100%」
「それはすごいな、現実の天気予報も見習ってほしいくらいだ」
「決められた天気がただ機械的に移り変わっていくだけだからな。言ったろ? ここはゲームん中だ」
ベントブランチを後にし、エディを先頭に歩く。イノリが名残惜しそうにチョコボに手を振っている。
道中出くわす巨大なサソリのような生き物や密集した虫の大群にはさほど驚かなくなるくらいには慣れてきた。いちいち驚いていたらキリがないのだ。
ベントブランチを出て10分程歩くと木製の階段が見えてきた。
「『地神の忘却』を上るなら、足元に気を付けて。落ちたら痛いでは済まないよ。」
ベントブランチの入り口にいた衛士と同じ格好をしたオシャ・ジャーブというNPCに注意喚起された。
その先に見えたのは何の柵もないただの道……? 木だ。崖上まで続く巨木。
苔まみれな上に先程の雨で湿っている。滑らないわけがない。無理だ。帰ろう。ナタクさんに会うのはまた今度にしよう。それがいい。
「あはー」
イノリが虫の群れを切り付けながら嬉しそうに駆け上っていく。
「そうか、イノリはアレだったか」
「何言ってんだ? 行くぞ」
思わず心の声が漏れてしまっていたようだ。それにしても崖上まで登れる階段があるくらいに文明が発達してくれていたらよかったのに。ファンタジーの世界は不便が多い。
「ノーキー!!」
登り切ったイノリの声がこだまする。
「早く登っておいでよー」
気付けば、エディも登り切っていた。
「……行くしかないか」
ザー。
いきなり本降りの雨。雨は降らないんじゃなかったのか!
「雨降ってきたからはーやーくー!」
「もおおおおおおおおおお」
巨木を上り切って屋根のある所まで駆け抜けた。息がぜーぜーと小さな身体が悲鳴を上げている。イノリとエディは平然としている。冒険なんて嫌いだ。引きこもりたい。
「別の場所の天気と間違えたんじゃない?」
「ああ、そうかもなあ」
しっかりしてくれ、頼むよエディ。
ようやく息が整ってきて、顔を上げると木々に囲まれた人の集落のようなものが見えた。やっと目的地に着いたか。
程なくして雨が止んだ。イノリが屋根から飛び出す。
「あれ? こっちじゃないの?」
街とは反対に歩いて行く背中に声を掛ける。
「そこはグリダニアってとこだよ。また雨降ってきちゃいそうだし先を急ご」
グリダニアはまた今度連れてってくれるらしいが、もう遠出したくない。この世界の街がどんなものか少しだけ気になるが。
少しだけ後ろ髪を引かれる思いで二人の後を追う。
また崖が見えてきた。今度は縄状の柵の橋が架かっている。ギシリギシリという音に不安を煽られるが、先ほどの巨木に比べればどうってことない。
「こっから北部森林だ」
中央森林と比べ、湿っぽさはなく青々しさは色を落とし少し枯れた森のようだ。
生態系も違うようでさっきとは全く違うキモい生物がたくさんいる。緑が減りむき出しになった岩に囲まれていく。洞窟のような冷ややかな空気が肌に触れる。
少し歩くとすぐにフォールゴウト、コルク亭がある場所にたどり着いた。
「とーちゃーくっ!」
「コルク亭っつってたよな」
「うん、うん。アルさんとどんな関係なんだろうねえ。昔の恋人とか?」
「あの人に恋人? ないだろ?」
「分かってないなーエディは」
二人もナタクさんとは初対面のようだ。
フォールゴウトは湖の上に浮かんでいるように見え、最奥にあるコルク亭は水に浮かぶコルクのようだった。
「ようこそ『浮かぶコルク亭』へ。水の上に、ぷかぷか浮かぶコルクのように、ふわふわのベッドでの安眠をお約束しますよ。」
「あのナタクさんって言う人宿泊してませんか?」
「ようこそ『浮かぶコルク亭』へ。水の上に、ぷかぷか浮かぶコルクのように、ふわふわのベッドでの安眠をお約束しますよ。」
「ノーキなにやってんだ?」
NPCだと思わず話しかけてしまった。もうNPCだって少し分かりやすくしてくれませんかね。
「何の用だ」
後ろから大きな岩が喋りかけてきた。2メートルは優に超える。これは絶対に喋る岩だ。でかすぎる。上を見上げてもアゴのようなものの先くらいしか見えない。ボクが小さくなったから大きく感じる訳ではない。
「あの、ナタクさんという方を探しているんですが、ご存知ないですか?」
「私がナタクだ」
ナタクと名乗る岩のような男が黒いフードの中から白い肌を覗かせ、地鳴りのような声でイノリの問いに応える。
「……なるほど、どおりでアルさんは俺らのことを子ども扱いする訳だ」
と、エディがぼやく。
「お前らがアルの言ってたヒーラー志望か」
「ヒーラー志望はこの子、ノーキです」
イノリがボクをずいっと前に差し出すと、ナタクがじっと見つめる。
「学者か」
「え? なんでわかったんですか?」
「リムサ・ロミンサに行って巴術士になってこい、話はそれからだ」
ナタクは疑問に答えることもなくその場を去った。
「すごい大きかったね!」
「大きすぎて最初岩かと思ったよ」
どうやらルガディンというこの世界で一番大きな種族だそうだ。
「なんか、とんだ無駄足だったな」
「せっかくだからグリダニア寄って帰ろうよ!」
イノリの提案にエディも賛同する。
まあ、ついでだし。この世界を知っておくためにも覗いておく価値はあるか。
ボクらはフォールゴウトにとどまる事もなく、来た道を戻りグリダニアへ向かった。
5月のエオルゼア
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