LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

5月のエオルゼア 第八話

 今夜は星々が競うように満天に輝く。思わずゲームの世界だと言う事を忘れてしまうくらいに美しく心がうっとりする。「快晴」か「晴れ」、この世界には晴れには二種類しかないそうだ。それでも昨日の空よりも心が優しく撫でられるような心地よい気分になるのは、見る側の問題なのだろう。同じ景色でも見る人やタイミングの違いで全く違った印象を受ける。アルの家の庭で隣に座って同じく空を見上げる少女はどこか物憂げな表情をしていた。

「綺麗だね」

「ちゃんと外出れるようにならないと」

 彼女は沢山ある星の中のただ一つを見つめるようにじっとしている。

「焦らなくていいよ。ボクも少しずつ強くなるから」

 そうは言いつつも早く強くなりたいと思っている。

「ありがとう。でも私も早くいろんな所行けるようになりたいんだ」

 彼女は、抱えた膝の間をおぼろげに見つめ脚をさする。

「なにかボクに出来る事あるかな」

「大丈夫。私の問題だから。あ、今のは冷たい? そういう意味じゃないよ? 自分で乗り越えないといけないと思って」

 まだまだ知らないことは多いけれど、ボクはもうキミの笑顔を知っている。

「ノーキには勇気もらった。あんなに怯えてばかりだった村人Aが今じゃ立派な学者様だ」

「まだまだだよ」

「うん。まだまだ。この先もずっと。ノーキは上を見上げて歩き続けるんだろうなー。その内、仙人みたいになってるかも」

「この世界に来て何があったの?」

 自由に歩き回れるこの世界が好きだと言った彼女が、黒衣森に引きこもってしまう理由とはなんだろう。きっと辛いことがあったのだろう。過去に絡めとられている彼女の支えになりたい。一緒に未来を見上げたい。それはただのボクの願望だった。

「……ごめん。話したくない」

 彼女は自分を守るように小さく丸くなり地面を見つめている。

「人に話すだけでも楽になることもあるよ。気休めにしかならないかもしれないけれど」

「気休めはいらないかな。話したくないの」

「でも」

「話したくないの!……ごめん、まだ話せない」

 イノリが語気を荒げるところなんて初めてみた。「ごめん」と返すのが精いっぱいだった。

「なんか今日の私変だね。ごめんね。気にしないで。ノーキが私のこと思って言ってくれてるのは分かってるから」

「ボクの方こそごめん。辛いこと思い出させようとしちゃって」

 何かを吐き出すように「ああああああああ」と唸ると、頬を両手で揉みほぐし笑顔を作るとイノリが立ち上がる。こちらに振り返り「戻るね」と一言置いて部屋に戻っていった。

 満月の様にまん丸な目がキュッと三日月の様に変わると、うっすらと月の雫がきらりと輝いた。それをボクは不謹慎にも綺麗だと思った。

 

『男なら辛抱強く待ちなさいよね~。無理やり聞き出そうなんて最低の戦術よ。もっかい巴術士からやり直したら?』

 辛辣な妖精の言葉にぐうの音も出ない。

「明日、もう一回ちゃんと謝る」

『そうやってまた自分の都合ばっかり。自分が謝って楽になりたいだけでしょ? 普通にしててあげた方がいいんじゃない?』

 

 寝床から這い出て店先に出るといつも通りアルが木材を加工している。イノリとエディの姿は見当たらない。

「二人は?」

「ああ、朝早くに出てったよ」

 二人はギャザラーのレベル上げに出かけたようだ。この世界で生きていく為に必要なのは「強くなること」。現実の世界では生きていく為にお金が必要でお金を稼ぐ為に仕事をする。生きる事は対価を必要とする。その対価とは時間であったり知識や経験、人脈や容姿と多岐に渡る。ボクは生きる為に時間と心を差し出した。

 生きる事とは何かを失い続ける事だ。

 対価を支払い続ける事で精一杯で何かを得る余裕なんてなかった。人生の目的が対価を得ることと直結する人間はごくまれだ。誰もが夢や希望を持ちながら現実と折り合いを付けて生きている。

 昨晩二人で夜空を見上げたベンチに腰を掛け空を見上げる。

 花のように鮮やかな羽がボクと太陽を隔て世界がぼんやりと柔らかくなる。

「カーバさんの夢ってなに?」

『なになに? おセンチさんなの? 夢なんてないわよ』

「せっかく何百年も生きられるのにもったいないね」

『そうかしら? すっごいお得だと思うわよ?』

「おとく?」

『そう、お・と・く! 自由気ままに生きられるのよ。何にも縛られてない分、なんだって出来ちゃうわ。今日はこれやりたい。明日はあれやりたい。思うがままよ』

「やっぱり長生きだと僕らとは時間の価値が違うのかな。人間はすぐ壊れちゃうだろ? 自由気ままに生きてたら何も出来ないまま終わりさ」

『一緒よ。私たちもアナタ達も。どれだけ長い時間があったとしても、やろうともしない人間には何も出来ないわ。私は自由気ままに生きたいからそうしてるだけで、何もしないから自由気ままに生きているんじゃないの』

「やろうと思ったって時間が足りないんだよ」

『やってみてもないのに?』

「分かるよ。僕らは非力だ。たった一人の力何かを成し遂げようだなんて」

『ノーキの夢は?』

「世界を救う事」

『あっはははは! 子供みたいな夢ね』

「そうだよ。悪かったな。子供の頃の夢だよ」

『いいじゃない。救おうよ』

「また、面白がって」

『うん、とっても面白そう。一人じゃ無理だって諦めてるんでしょ? だったら私が力になってあげる。人間の何倍も生きている私が一緒なら成し遂げられそうでしょ?』

「そうかもね」

『ノーキ、アナタは一人じゃないわ』

「ありがとう」

『で、どうやったら世界は救われるのかしら?』

「わからない」

『なにそれ。前途多難ね。ワクワクしちゃう』

「無理難題さ」

『何から始める?』

「一個ずつ積み木を積んでいくように」

『最初の積み木はどこにあるの?』

「手の届く範囲さ。例えば家族とか友だちとか大切な人。それが小さな世界だ。小さな世界を救う事から始めるんだ」

『なるほどね』

 うんうん、とお喋り妖精が珍しく考え込んでいる。

『今のままじゃ無理ね。ノーキよわっちいから』

「よわっちくて悪かったな。まだこの世界には来たばかりなんだよ」

『そう、ノーキはまだまだ強くなれる。子供の成長速度はすんごいのよ。何をして、何を聞いて、何を見て、何を感じて、そして何を考えたか。それがそのままアナタの礎になると思いなさい』

 能天気な妖精がボクの頭に体当たりをして小突く。

『大丈夫。アナタは強くなるわ』

 理屈や理論ならばいくらでも否定できた気がした。でも、自信に溢れた根拠のない言葉が空っぽの器に大きく反響した気がした。

「うん」

 カーバさんがボクの背後に回ると、フィルターが外れた日差しに目が眩む。

『まずはイノリね。アナタが救いたい相手』

「いまのボクじゃ救えない。誰も。だから強くなる」

『分かってるじゃない』

 

 その日から修行に明け暮れた。ナタクに教わったこと。この世界で学んだこと全てを反芻するように。アルの家に帰るころにはすっかり陽も落ち、家にはランタン灯りがぼんやりと揺れている。時折エディのいびきや寝言が響く。

「今日も遅くまでご苦労様」

「アルさんも遅くまで」

「アタシのはこりゃ趣味みたいなもんだからさ。でもまあ、ぼちぼち寝るよ」

 たまにアルさんが裁縫をしながら起きて待っててくれることもある。アルさんはボクが帰るとすぐに寝床に向かう。アルさんが起きていても寝ていても一日の最後のランタンを消すのがボクの日課となった。

 イノリはいつも早朝に出て夕方ごろ帰ってくる。ボクは昼に出て夜中に帰る。同じ屋根の下ですれ違う生活を送ったのはボクなりの決意表明だった。カーバさんには男の子ってホント馬鹿よね。と鼻で笑われたが、強くなる過程ではなく、強くなった結果を見せたい。

 アルさんにも一度だけ、「アイツらと一緒じゃダメなのか?」と問われたことがある。「一人で乗り越えたい」と伝えると、アルさんは「ふーん」と興味なさげに裁縫を続けた。

 

『ノーキはなんでそんなにイノリにぞっこんなの? いい子なのは分かるけど、なに? 弱味でも握られてるの?』

 唐突な質問に動揺してか目の前のモンスターに攻撃を当てそこない反撃を食らう。

 やれやれといった表情でカーバさんがボクを回復する。

「ぞっこんって……」

『ほらほらよそ見してるとまた攻撃食らうよー』

「カーバさんが急に変なこと聞くから」

『これくらいよそ見しながらでも倒してほしいくらいだけどねえ』

「はいはい、まだまだよわっちくてすみませんね!」

 大振りの攻撃を躱して懐に入る。至近距離で魔法を発動させるとモンスターが霧散した。

「そうだよ」

『なにが?』

 妖精がとぼけた顔をする。

「ぞっこんだよ!」

『なんで?』

「なんでって……」

 なんでだろう。見た目とか性格? あの天真爛漫な笑顔? どれもそうだけどしっくりこない。

『好きなところの一つも思い浮かばないの? 本当に好きならなんかあるでしょ。まさかイノリを好きな自分が好きとか言わないよね』

「気に食わないんだ」

 あれ、そうなの?

「気に食わないんだよ。いつも楽しそうに嬉しそうで、明るくて笑顔で優しくて。誰にでも愛情を持って接してて」

『それのどこが気に食わないのよ。ただのいい子じゃない』

「気に食わないよ。その少しでも、自分に向けてもいいじゃないか。自分のことは諦めて楽しい振りをして笑顔を振りまいて、人を幸せにしようとしてて。自分はいつ死んでもいいって? ふざけるなよ! 困るんだよ……死なれちゃ困るんだよ! 生きたいって思えよ。イノリが生きたいと思える未来を、生きたいと思える世界を作りたいんだ。まだ成人もしてないような幼い子がどうしてもう死ぬことを受け入れてるんだよ! まだまだこの先明るい未来が待っていたっていいじゃないか。どうして幸せになることが罰当たりなんだよ。好きな人に囲まれて幸せに生きたって罰なんて当たんないんだよ!」

『……』

「そんなイノリがさ、言ったんだよ。ボクとなら一緒になら立ち向かえる気がするって言ったんだよ、言ってくれたんだよ。だからボクは彼女の世界を覆ってる絶望を切り裂く力にならないといけないんだ」

『義務?』

「違う、ボクがそうしたいんだ。イノリに『生きたい』って思わせたいんだ」

『強くなったねノーキ。少しだけね』

 

 ぼんやりとゆれるランタンの暖かな灯りが「おかえり」と言ってくれているような気がした。

 家の中から物音がする。アルさんが起きているのかな。

 扉を開くと先刻気に食わないと称した少女と目が合った。

「お、おかえり! 私もう寝るから! 火消しておいてね! つけっぱなしだとアルさん怒るから!」

「待って!」

 しんとした部屋に響くボクの声が想像以上に大きくて驚いたが、それ以上にビクッとイノリが驚いた。

「あ、ごめん」

「ううん」

「イノリだったんだ」

 イノリが要領を得ずきょとんとした顔でボクを見る。ランタンの灯りが揺れるその瞳に思わず吸い込まれそうになる。

「ランタン灯してくれてたの。ありがとう」

「……うん。アルさんが早く寝ちゃうときだけね! あ、内緒にしてね! バレたら怒られちゃう! ……ノーキ、強くなったね」

「少しだけね」

「ノーキも冒険に行くの?」

「イシュガルド」

「埋もれるくらいの雪原……」

「一緒に行ってくれるんでしょ?」

「うん。……でもまだ。黒衣森を出られない」

「一人じゃ。だろ? イノリは一人じゃない。ボクがいる。思い出してごらん、ボクと一緒ならリムサに行けたじゃないか。大丈夫、イシュガルドだって行けるよ」

「私……ノーキと一緒にいるとつい弱音吐いちゃいそうになるの」

「ボクはイノリと一緒に生きていきたいんだ。その為にイノリの事もっと知りたいんだ。もう前の何も出来ないままのボクじゃない」

「私の事情なんて他人には関係なくて……私がどれだけ辛いって叫んでも誰かの負担になるだけで。おじいちゃんとおばあちゃんにもいっぱい悲しい顔させちゃった。だったらずっと楽しいことだけ考えて笑ってた方が幸せだって……」

「他人なんかじゃ……他人なんかじゃない!」

 ボクの声が静寂を切り裂いた。

 ランタンの灯りは穏やかに揺蕩っている。

「大切な人の苦しみや辛さは一緒に抱えていきたい。大切な人が辛い思いしてるのに見ない振りして生きたくない」

 イノリが結わえたポニーテールを解くと横顔は長い髪に隠された。

 

 

※ ※  ※

 一人娘のイノリは、勤勉な父と慈愛に満ちた母に愛されて10歳までを過ごした。

 一つ不満があるとすれば、仕事に忙しい父と過ごす時間が、家族三人で過ごす時間がもっと欲しかった。

 イノリが起きる前に仕事へ出かけ、イノリが寝静まった頃に帰ってくる。そんな父が珍しく連休を取れたのだった。

「お出かけしよ! 旅行行きたい! ねえ、だめ……?」

 こんなチャンス滅多にないんだから、ちょっとくらいワガママ許してくれるよね。

「あんまり遠くへ行ってもお父さん運転疲れちゃうし……」

 母がイノリの想いと父への労いの間で揺れている。

「大丈夫だよ。みんなで過ごすのがボクにとって一番の安らぎだよ」

「無理しないでね」

 心配そうに見つめる母を包み込むような眼差しで父が見る。

「イノリはどこへ行きたい?」

「テレビでみたふわっふわのパンケーキ食べたい! あとタピオカミルクティ!」

「そうかー、じゃあ本場の食べに行こうか」

「本場の!?」

「ああ、本場のだよ!」

 幼くして両親を亡くしたイノリは悲しみも怒りもどこへ矛先を向けていいのか分からず、ちょっとだけワガママな自分に向けるしかなかった。

 運転席に父、助手席に母、後部座席にイノリ。目的地へ向かうドライブは快適で、ずっとこの時間が続けばいいのに、正に幸せの絶頂だった。

正面からトラックが突っ込んでくるまでは。

 

 目が覚めるとそこは家族旅行の宿にしては無機質な部屋だった。左右を見渡しても父も母もいない。みたこともない機械が自分に繋がっているだけだった。

「パパ……ママ……どこ……?」

 飛び起きて両親を探しに行こうとするが、イノリの両足は言う事をきかなかった。

 

 世界への絶望は小さな身体には収まりきらず溢れてしまった。

 両親を亡くし、脚の自由を奪われた少女は祖父母に引き取られた。

「かえして! かえしてよ!! ねえ、私もパパとママのとこに帰る!!!」

「ごめんな……ごめんな」

 祖父母は謝るばかりで、何にも悪くないのに、謝っている姿に、謝らせて困らせている自分に憤りを覚えた。

 事故の後遺症で車椅子生活を強いられたイノリは、日常を過ごすだけでも誰かの助けを必要とした。

「私なんていらないくせにどうして私だけ殺してくれなかったの、どうして……パパとママと一緒に連れってってくれなかったの」

 

 車椅子での生活も慣れて、ある程度のことは一人で出来るようになった。

 夕暮れ時、祖母とテレビを見ていると、若者に人気の飲み物としてタピオカミルクティが紹介されていた。いろんな種類のタピオカミルクティが紹介されていくが、どこも都会の店のものだった。

「タピオカミルクティ飲みたい」

 ぼんやりと息を吐くように呟いていた。

「スーパーに売っているかしら」

「本場のがいい」

「3丁目の田中さんとこならあるかしら、聞いてみるわね」

 祖母がのそりと立ちあがり、腰を曲げたまま電話機の前に行く。

「ううん、大丈夫。ちょっと言ってみたかっただけだから。最近の若者って感じしない?」

「あら、そう……」

 持ち上げた受話器が行き場を失いそのまま降ろされるとガチャンと音がした。

 

 15歳になる頃には、絶望との付き合い方にも慣れてきて明るく元気なイノリを振舞えた。

 楽しそうに嬉しそうに振舞えば、祖父母も普通に接してくれた。腫物を扱うようにされると自分が普通じゃないんだと実感させられて余計辛かった。

 祖父母の家から近くの高校は車いすでも通うことができ、祖父母の負担を減らすためにも高校へ進学することを決めた。

 

「お前いつまで可哀そうなままでいるんだ?」

 体育の授業中、体育館でバスケットボールをするクラスメートたちを見学していると、唐突に投げつけられた。その疑問に強く否定した。

「でもお前どこか諦めたような顔してるじゃん」

 仕方ない。出来ないことは出来ないで諦めるしかない。私は出来る範囲で強く生きていく。

「出来る出来ないなんて自分で勝手に決めたことだろ?」

 彼の手からバスケットボールがふわりと宙に浮いた。急にボールを投げるなんて危ないと大きく身振り手振りを使って話す彼にボールを投げ返した。

「ほら、出来んじゃん。次ワンバンな」

 彼がボールを放すとワンバンウンドして私の手元に収まった。勝手に進めないでと私もワンバウンドで応える。

 教師が来て私に大丈夫かと尋ねる。彼はそのまま教師に連れられて行くがその道中口論しているように見えた。隙を見て逃げ出しこちらに戻ってくる。彼が私の元に数秒立ち止まる。

「放課後、シュート練習しようぜ」と、そう言うと彼はそのまま走り去っていった。

 

 リングに届きすらしなかった。

 彼が車椅子のすぐ側で座り込みシュートを放つ。

 放物線を描いてネットにもかすらず落ちていった。

「先に入れたらジュース一本な!」

 そんなのずるい。こっちはうら若き乙女なのに。

「俺のが遠いぞ、やる前から諦めんなよ。そんなに俺にジュース奢りたくなかったら頑張って入れてみろ」

 力任せにゴール目掛けて投げつけるとリングに当たりガンッと音がした。

「どこがうら若き乙女だか……ゴリ――」

 うるさい。車椅子で鍛えたこの腕力見せつけてやる!

 

 勝負にはあっさり負けてしまった。でも彼は私が決められるまで何日も付き合ってくれた。バスケットボールの次は卓球をした。その次はテニス、バレーボール、ヘディングだけのサッカーもした。私が出来ないと思っていたことを出来ることに変えていってくれた。代わりに私は彼に勉強を教えた。

「語呂合わせっつったってなー、本能寺の変がイチゴパンツとか意味分かんねえよ」

 本能のままに燃え盛る寺でイチゴパンツ履いた織田信長をイメージしてごらん。

「うーわ、強烈」

 文字や数字で覚えるよりイメージした方が印象に残ってそれが記憶となるのよ。あなたは燃え盛るイチゴパンツの織田信長を生涯忘れないでしょう。

「嫌だな……でも覚えちまったわ」

 

「××くんと付き合ってるの?」

 付き合ってないよ。彼は優しいから不憫な私にも構ってくれるだけ。

「優しいよね。――くんって。私ね、好きなの彼の事が。だから応援してほしいの」

 うん、応援するよ。遠くから見守ってるね。

「ありがとう! 相談して良かった」

 用が済むと彼女はすぐに去っていった。

 

「なんだよお腹でもいたいのか?」

「もう飽きたから、私に構わないで。いい気分転換になったよ。ありがとう。それじゃ」

「おい、ちょっと待てよ」

 彼が私の腕を優しくつかむ。

「触らないで」

「……悪い。……んじゃ次は根競べだな」

 力なくだらりと下がった腕がまたせわしなく動き出す。

「まだまだ、お前と一緒にやりたいことたくさんあるんだよ」

「別の人としなよ」

「お前じゃないとだめなんだ」

「どうして私なの。私が可哀そうだから? だから優しくするの?」

「違う!」

「じゃあ、何!?」

「それは……」

「いいよ。もう」

 去ろうとする私の背中にこの場に相応しくない言葉が突き刺さる。

「イチゴパンツ!」

「俺一生忘れないと思う! 昨日の晩飯ですら何食べたか覚えてないのに、全部覚えてるんだよ! 初めてゴール決めた瞬間も――」

「忘れじの 行く末までは かたければ けふを限りの 命ともがな」

「……え? なんて? どういう意味?」

 古文はまだだったね。馬鹿。

 

「あんたさー、××が××のこと××なの知ってんでしょ?」

 知ってるよ。知ってるけど、だから何なの? 私は出来ることをした。これ以上何をしろって言うの? これ以上何を差し出せばいいの?

「黙ってないでなんか言ってみなよ」

 私が何か言えば変わるの? 満足するの? 結論は変わらないんでしょ。邪魔者は消えろ。分かってる。分かってるよ。

「私は可哀そうだから何も言えない弱い子でいれば守ってもらえる。とかそんなこと思ってるんじゃないの。障害って個性なんでしょ? だったらそんなことこっちには関係ないし。私猫っ毛で髪の毛すごい絡まるんだよねー。大変なのー、かわいそうでしょー? 自分だけが特別だとか思ってんじゃねえよ!」

 

 私はこの世界にとって異物だ。回りを正常でいられなくしてしまう。眼の前のこの子も私がいなければ、こんな荒唐無稽な理論を構築する必要もなかっただろうに。どうして勘違いしていたんだろうか。彼だってもっと友達と遊んだり恋をしたりしたかったんじゃないだろうか。おじいちゃんもおばあちゃんももっと自由な老後を過ごしたかったんじゃないだろうか。私が不自由だから優しい人の負担になってしまう。私はみんなの邪魔になりたくない。でも生きているだけで誰かの邪魔になってしまう。私がいなければ。

 

私がいなければ。

 

※ ※  ※

 

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5月のエオルゼア
_2021.05.03 第一話
__2021.05.05 第二話
___2021.05.07 第三話
____2021.05.10 第四話
_____2021.05.12 第五話
______2021.05.14 第六話
_______2021.05.17 第七話
________2021.05.19 第八話
_________2021.05.21 第九話
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