LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

5月のエオルゼア 第一話

 この世は生き残った者が勝ち組だ。生前何を成そうがいなくなれば、生者の間で話のネタにされ、あることないこと吹聴される。人生100年時代というが、たかだか100年だ。何を成そうにも短すぎる。大志を抱けば志半ばで果てる。

 だったら、何もしないで何も希望を抱かずに朽ち果てるのを待てばいい。

 幼い頃は父に憧れ世界の人々を救う医者になるのが夢だった。そんな身に余る夢はとうの昔に置いてきてしまったが。

 

「どうしたら世界を救えるの?」

 昔、よく父と共に世界を救う談義をした。

「お片付けと一緒だよ。一個ずつ片付けていくんだ」

「地味だね」

「ああ、地味だとも。でもな、小さな世界を救っていけば、それが大きな世界を救うことにつながるんだ」

「小さな世界?」

「例えば家族とか友だちとか大切な人。それが小さな世界だ。自分の手の届くところから始めるんだ。それが積み重なっていつか大きな世界を救う力になるんだ」

 まずは、手始めにこの部屋を救おうか。そういって部屋を片付け始める父に倣ってボクも部屋を片付け始めた。

「ほら、この積み木そっちに戻して」

「これでこの部屋救われるの?」

「口を動かしながら手も動かす練習しよう、器用な男は強いぞ! 英雄になれるかも!」

「でもご飯の時は、喋りながら食べちゃダメって」

「お、鋭いな。でもご飯の時はお口使ってるだろ? 喋るのもお口使うだろ? あんまり口だけ使ってると口だけお化けになっちゃうぞ?」

 散らかった部屋の一区画が綺麗になった。

「ほら、この部屋の一部が救われたぞ! この調子で全部救っちゃおう」

「うん!」

 父の口車に乗せられて部屋の片づけや家事のお手伝いをよくしたものだった。

「世界は救われたぞ!」

 綺麗に片付いて部屋を見渡して父が満足そうに微笑む。二人で部屋の中央に寝転がる。

「ごはんよー」という声が扉の向こうから聞こえてくる。すぐに扉が開く。

「お片付けちゃんと出来たね。偉いね。ご飯にしましょうか」

 そう言いながらも一緒に寝転がる母。

「また世界を救っちまったな」

 父が母に見えるようにボクにはにかんで見せる。

 

 父はボクと一緒に毎日小さな世界を救い続けてきた。

 でも、本当の世界は何一つ救えないまま父はこの世を去った。

 私が14の頃に42歳という若さで。

「人々を救う前に自分を救えなきゃねえ」

 死後、母が放った言葉。それは父の人生に対する評価だろう。

 母はよく笑う、天真爛漫の少女のまま駆け抜けるように年を重ねていっている。そんな母に支えられて父不在のまま明るい家族が形成されている。

「ね、みんなで温泉いこうよ」

 父の死後1週間の母の言葉だ。

 笑ってはいけない。楽しんではいけない。幸せを感じてはいけない。父を失ったのだから、ボクは悲しいままでいないといけない。いつまで? わからない。

 そう思って臨んだ家族旅行だったが、母の陽気さに釣られて思わず笑ってしまったり、不覚にも楽しいと思ってしまった。

 結局はボクも姉も母も一様に、生き残った側の人間なのだ。

 

 幼少のときの夢を大人になっても抱き続ける人間はほんの一握りだろう。ボクはもちろんそんな一握りの人間ではない。世界を救う事とは無縁のしがないシステム屋だ。

 通勤中、真新しいスーツに身を包んで期待と不安で胸が溢れそうな姿を多く見かける。人一倍身だしなみを気にしていたり、自分が乗る電車を何度も確認したり、スマホで地図を見ながら歩いていたり。

 髪をハネさせて袖のボタンが解れかけの間抜けが青い風に紛れて改札を通る。

 人混みに流されて行き先を見失った若者が途方にくれている。人助けするつもりはない。それも試練だ。どのみち誰かが。ほらね。いかにも私優しいです。って感じの人が声を掛けている。ボクには関係のないことだ。小さな世界は勝手に救われていく。

 

 真新しさとは無縁の古びた扉を開け、代わり映えのしない業務が始まる。

 得意先の無理難題をいかに無理難題であるか伝えるのもシステムエンジニアの仕事だと思っているのだが、使えない上司は二つ返事で受け入れてしまう。その尻ぬぐいをする為に今日も激務が始まる。平常運転だ。昨日は家に帰れた。それだけでマシだと思える。家に帰るのすら面倒で会社に風呂さえあればな。と常々思う。

 

「ああ、限界! ちょっと寝るわ」

 昨日から徹夜で作業していた先輩がボクの肩を叩く。

「1時間後起こして」

「はい」

 先輩が仮眠室へ歩いて行く姿を目で追うとその先に神妙な面持ちで立ち話している上司たちの姿があった。

「あれ、なに?」

始業時間ギリギリにやってきた後輩に尋ねる。

「なんか、相田さんがなんかやらかしたっぽい?」

 興味なさそうにあくびをしながら答えると彼は同じ島の末席に座った。

 相田さんはウチの会社のベテラン社員だが、ミスをすることも間々あり、トラブルがあるときは8割方新人か相田さんが原因である。そのせいか彼は未だに平社員でボクと立場上は同列だ。仕事は出来ないが真面目な人で勤務時間は断トツで会社に住んでいるんじゃないかとも噂されることもある。目の下に濃厚なクマを携えて「おはよう」とあいさつしてくれる。社内では疎まれているがボクは嫌いじゃない。

 気付けば、仮眠室に向かった先輩が会話に加わっている。

「相田さんも働き方改革が必要なんじゃないですかね。古き良き日本のサラリーマンの時代は終わりですよ。もっと効率的に働かないと。相田さんの働き方って理にかなってないんですよ」

 与えられたタスクもこなせずに定時に来て定時に帰る後輩が偉そうに。

 相田さんが起こすトラブルはほぼ納期の問題だ。手を抜くことも妥協することも許さずその分身を削って働いているが取引先の無茶な納期に応えられない。原因は相田さんじゃなくて納期の方だと思う。

「システムって面白いよね。一個一個は些細なコードの集まりでも積み重ねていくと人の役に立つ大きな力になるんだ」

 いつの日か、相変わらずのクマをこすりながらそう言っていた。

 上司たちと話ながらこちらを何度かちらりと見ていた先輩が戻ってくる。

「仮眠とるんじゃ――」「相田さんがなくなった」

 

 自宅で首を吊っていたそうだ。会社は相田さんのことを勤勉な社員で時間外でも自発的に業務遂行しクオリティ維持・向上に努めていた。そう評価するのだろう。確かに強制や命令はしていないだろう。それでも真面目に生きている人間の目の前に無理難題をぶら下げようものなら、それに応えなければならないという強迫観念に陥る事は分かっていただろうに。

 積み木が転がっていたとしてもその部屋で暮らすことに不自由はない。完璧に整理整頓された部屋でなくてもいい。それが人々が求めるものだ。

「真面目過ぎるのも問題だよね」

「それで死んでちゃ何のために働いてるのって」

 生き残った者が好き放題言う。2,3日もすれば話題にも上らなくなった。

 相田さんが必死に土台を作り上げていたシステムも完成しないままだった。当初提示された納期は到底間に合うものではなかった。相田さんの業務は少しだけ業務に余裕があったボクが引き継ぐこととなった訳だが、先方に事情を伝えると納期を伸ばしてもらうことが出来た。

 最初から納期を伸ばせていたら。いや、妥協しない為に納期を伸ばして完璧なものを作り上げる為にあえて。いや、まさか。

 

 設計書やプログラムを覗くと丁寧に作りこまれ初めて見たボクにもすぐに完成図がイメージ出来た。

 時間に追われるとコメントも残さず、依存性の高いコードや設計書になりがちだが、これは誰が見てもよく分かる。手を抜いてはいけない。そう思った。

 それからほぼ会社に缶詰で2、3日に一度風呂に入る為に家に帰るくらい。寝ぐせなんてハネる暇もないくらいに取り組んだ。世間はゴールデンウィークに突入したらしいがあまり関係なかった。

 PCの排熱も冬場には暖房変わりになったが、熱が籠り少しばかり暑くなってきた頃、ついに納期間近となった。システムは相田さんがイメージした通り出来上がったと思う。あとは本番環境での運用試験が終われば納品完了だ。

 意識も朦朧とする中追い込んで仕上げたので些細なミスはあった。修正にも時間はかからないだろう。間に合った。そう思ったのも束の間、とある一部の機能でエラーが発生した。

 急遽先方が仕様追加を依頼してきた他システムとの連携部分だった。

 納期までの時間を逆算した。朦朧とする頭をフル回転させる。同時に目の前の景色がぐにゃりと曲がって、ぐるっと回った。もやがかかり世界が真っ白になった。

 

 目が覚めると真っ白な雲が浮かぶ青空があった。

「なんで外? やばい納期!」

「ノーキ? 大丈夫か?」

 横から爽やかなカラっとした声が割ってはいる。声の元へ視線を動かすと、赤い短髪に青い目をした異質な男が座っていた。

「……え?」

 男の異質な髪と瞳の色に驚いた訳ではない、いや驚きはしたがそれ以上に。耳が生えている。もちろん生えているのだが耳が耳じゃない。猫のような耳をしていた。

「耳が」

「ああ、いいだろ?」

 自慢げに猫のような耳をぴょこと動かす。視線を下に送ると尻から長い毛が生えていた。

「尻毛も」

「尻毛じゃねえよ、尻尾だよ」

 そういうと男が尻毛をくねらせる。

「えっと、今日って何日ですか?」

 5月だと思っていたが、まさかハロウィンまで意識を失っていたとは。

「5月くらいじゃないかな」

 なるほど、ハロウィンじゃなくても日常的にコスプレをする人間もいる。目覚めてそうそうコスプレイヤーと会うとは心臓に悪い。

「その子おきたー?」

 遠くから猫耳がもう一人、栗色のポニーテールを揺らしながら走ってくる。コスプレ仲間か。

「ノーキがあああってうなされてたよ」

 猫耳女が顔を覗かせて言う。

「私イノリ。あなた名前は? ここは初めて?」

 身体を起こし辺りを見回すと一面大きな木に囲まれた森のようだった。剣を担いだでかい男が走っていく姿もあった。なるほどここはコスプレ会場か。異質なのはボクの方だったか。

「名前……」

 あいにくコスプレネームなど持ち合わせていない。本名を言ってしまうと現実感が出て白けてしまうだろう。

「ここは初めてで、名前はまだない」

「新人トラベラーか」

 トラベラー?いまはコスプレイヤーって言わないのか。

「俺エディ。エディ・ラーソン。なあ名前つけてやれよ」

 猫耳男が猫耳女を見る。もといエディがイノリを見る。

「え? 私が? うーん、どうしよう……」

 イノリが顎に手を当て首をひねる。

「ノーキ……」

「え?」

「最高にクレイジーな名前じゃねえか、羨ましいぜ」

 エディが手を叩き笑う。

「だって、ずっとノーキがあああってうなされてたからそのイメージが強すぎて」

 エディの笑いは収まらず涙が出る程笑っている。イノリにネーミングセンスがないこと分かってたな、エディめ。もとい猫耳男め。

「気に入ってくれるかな?」

 不安そうにイノリがちらりとこちらを見る。ボクの負けだ。頷く以外の選択肢が見当たらなかった。

「よかった! よろしくね、ノーキ」

 花のようにパっと咲いた目の前の笑顔の代償なら名前くらいなんだっていいか。どうせコスプレイヤーなんて今日限りだ。

「そういえばトラベラーってなに?」

「私たちのこと。ノーキもそうだよ」

 ついにボクもコスプレイヤーとしての天性の素質が認められたのか。あってたまるかそんなもの。そんなことよりノーキ、いや納期が迫ってるんだった。

「大事な仕事があって早く帰りたいんだけど、ここってどこなの?」

イノリがエディを見て頷く。エディが頷き返し一つ息を吐く。

「ここはエオルゼア」

 聞いたことない地名だ。

「エオルゼア? 日本じゃない……いやでもボクパスポート持ってないしありえない」

「パスポートなんていらないんだ、世界が違うから」

 世界が違う? なんだ猫の世界って言う設定か? 趣味に文句を付けるつもりはないが、仕事があるんだ早急に問題解決させてくれ。

「要はここは異世界という訳だ、元の世界に戻るにはどうしたらいい?」

「それはまだ分からない。トラベラー同士情報共有しているんだが今のところ出口の見えない旅が続いている」

 迫真の神妙な面持ちだが、冗談にしてはたちが悪い。

「さっきも聞いたけど、そのトラベラーってなに? コスプレイヤーのこと?」

「なるほど」

 エディがイノリに迫真の演技で鏡を出すように促す。

「自分の姿見てみろよ、それが一番手っ取り早いかも」

 ため息交じりに受け取った鏡を覗くと、幼い子供のような顔が映し出された。間抜けな表情できょとんとしている。慌てて全身を見ると、どう考えても3頭身くらいしかなかった。

「いや、おかしいだろなんだよこれ」

 悪い夢でも見ているのか、連日の激務で疲労を溜めすぎたか。

「悪い夢でも見ているのか、だったら早く覚めてくれ」

 イノリがうつむいたままぼそっと言う。

「私もそう思ったよ」

 イノリがボクの横に座り、立ち上がったボクと視線が同じくらいの高さになった。

「ノーキって納期。締め切りのことだよね? 仕事中にこっちの世界へ飛ばされちゃったのかな?」

「たぶん」

「とりあえずさ、この世界のこと教えるよ。分かってることだけだけど、現状把握は大事だろ? 元の世界に帰る為にさ」明るい声でエディが言う。この演技はお世辞にも上手いとはいえない。

 

 とりあえず話を聞いてみよう。後ろにあった大きな木を背もたれにしてどかっと座る。

「あ、そいつ動くよ?」

 背もたれが大きく動きボクの小さな身体が後ろに転がった。すると大きな木が意思を持っているかのように枝を振りかざした。

「え?」

 枝がボク目掛けて振り下ろされようとする瞬間、エディが脇に差していた刀を抜き、あっという間に大木を両断すると跡形もなく消えた。

「お前踏んだろ?」

 いや、根を張ってるとこお尻で踏んだけど、モンスター? これは本当に異世界なのか?見間違いじゃないか?

 混乱しているボクの目の前でイノリが屈みボクの頭を撫でる。

「びっくりしたね。あの子普段はノンアクティブなんだけど、こっちが攻撃すると反撃してくるの」

 イノリの視線を追ってよく見渡すと先ほどと同じ動く木がいくつかいた。

「こちらが危害を加えない限り安全だ、まあ気を付けろ」

エディが刀を鞘に収める。

「外で話すのもなんだし、続きはアルの店でするか」

ボク達はアルという人の店に向かう事となった。道中この世界の概要を聞いた。

 ここはゲームの世界の中で、トラベラーとプレイヤーがいる。トラベラーはボク達のように他の世界から来た人間で、プレイヤーはこの世界に映し出されるアバターを介してこのゲームを遊んでいる人達。トラベラーとプレイヤーは会話は出来ない。プレイヤーが操作するアバターと接触することは出来るが、プレイヤーにトラベラーの声は届かない。人間のような姿の種族がいくつかあってボクはララフェル、エディとイノリはミコッテという種族だそうだ。

 そして、元の世界に戻る方法は分かっていない。

 

 新しい世界に来てまで「納期」に縛られるのは宿命だろうか。基本的に守れる納期は守ってきた。学校の宿題とか、些細な約束事だったり、仕事の納期も。だけど相田さんの代わりにはなれなかった。元の世界に戻る頃にはとっくに納期は過ぎているだろう。

「佐藤にはまだ無理だよな、橋本先輩は別案件でそれどころじゃないだろうし」

「……ねえ、ねえってば! 聞いてる!?」

 大きく肩を揺すられる。思わず椅子から転げ落ちそうになった。アルと呼ばれる人の店に来ていたんだった。当の店主は不在のようだが。

「ああ、うん。それで、今日中に戻れるかな?」

 エディがため息を吐く。

「無理に決まってんだろ」

「そんなこと言われても、仕事の納期が」

「ノーキノーキうるさいな、俺たちはもう何年もここで戻る方法を探してんだよ!」

「なんねんも……?」

 終わった……。この店への道中、イノリとエディがこの世界について細かく説明してくるし、その様子がとても真剣だったのでこの世界とは長い付き合いになるのだろうと大方予想は出来ていたが。

「本当に戻れるのかな」

 隣に座ったイノリが足をバタつかせながら天井を見つめ言う。イノリの視線に釣られて見上げると、またもや椅子から転げ落ちそうになる。この丸っこい身体不便だ。

「当たり前だろ、戻らなきゃいけないんだよ」

「そうだね」

 イノリはエディの言葉を受けて微笑みながらそう言った。少しだけ寂しそうな表情に見えたのは窓から差し込む夕日のせいだろうか。

 

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5月のエオルゼア
_2021.05.03 第一話
__2021.05.05 第二話
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