LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

3月のエオルゼア

 この世界には、朝もあれば夜もある。晴れの日もあれば雨の日もある。生きている人もいれば生きていない人もいる。

 ボクはどちらかと問われれば、生きていない人である。

 何を持って生きていると呼ぶか、それは単純に主がいるかいないかの違いである。主がいる人はこのエオルゼアを自由に旅することができる。広がり続ける世界で新しい景色や人と出会う。そして主とともに心を震わせるのである。

 この世界の住人は主と一心同体なのである。主無くしてはただのオブジェクト、君たちの表現でいうとどうだろうか。草や石ころのようなもの。周囲は流れていくのに自分だけ取り残されたそんな感覚に陥る。時間ですらボクを置き去りにする。

 累計プレイ時間155日4時間53分。

これがボクの時間。ボクがエオルゼアを生きた時間。

 

 

f:id:ff14atomosllp:20210331004833j:plain

 

 

 かつてボクが生きていたころはそれが当たり前だと思っていた。

 今日はどんな冒険が待っているのだろうか。新しい街に行って新しい景色を見て、新しい仲間と出会い、新しい敵と戦う。繰り返し訪れた場所だって毎度違う景色を見せてくれる。

 ボクの主はドロップアイテムを目当てにダンジョン周回を繰り返していた。単純に戦うのが好きだ。主がボクを指示して、ボクがそれに従い、通いなれたダンジョンを攻略していく。

 ダンジョン内では即席のパーティが結成される。ボクの役割は主にタンクだ。先陣を切ってダンジョンを進み、慣れた手つきで敵視を集め、敵の攻撃を一手に担う。仲間は回復役のヒーラーが1人、攻撃役のDPSが2人。

 いつも通り、開始とともに挨拶を交わす。即席とは言え、相手は人間だ。挨拶は礼儀であり、ボクの主も欠かしたことがない。

 どうやら今回のヒーラーさんは不慣れなようだ。仲間の熟練度次第で攻略の仕方を変えるのもタンクの役割だと、よくボクの主は言っていた。

 まとめ進行と言ってたくさんの敵をまとめて殲滅する方法もあるが、ヒーラーへの負担が大きい為、少し時間はかかるが、敵を集めすぎないように、少しずつ攻略を進めていく。

 すると、しびれを切らしたのか急いでいたのか分からないが、DPSの一人が走り出した。そしてタンクを追い越して敵を集めて戻ってきたのだ。いわゆる先釣りというやつだ。大量の敵に囲まれパーティはあっという間に崩壊してしまった。

 戦闘不能になってもスタート地点に戻り、再度攻略を進めることが出来る。だから戦闘不能になってもあまり気にすることはない。ただ、やはり急いでいたのだろうか?先釣りしたDPSは無言でパーティを離脱していった。

 すると、ヒーラーが謝る。

「気にしないで」

「下手なのにこんなところに来てしまって」

「みんな最初は初心者なので少しずつ覚えていけば大丈夫ですよ」

 3人となったパーティで攻略を再開する。すぐに新たなメンバーが補充された。再び4人となったパーティで無事ダンジョンを攻略した。

 DPSの2人は「お疲れ様でした。」言い、すぐにダンジョンを出て行った。ヒーラーはやはり不慣れな様子で、言葉を発したのは2人が出て行った後だった。

「ありがとうございました。不慣れでご迷惑おかけしてすみませんでした」

 道中こんなやりとりがあった。

「装備更新した方がいいですよ」

 DPSの1人がヒーラーに向けてそう言った。

 ヒーラーは「はい、すみません」そう答えるばかり。

 まだ始めたばかりで分からないことが多く大変なんだろうな。そう思って攻略後に一緒に装備を集めませんかと誘ってみた。

「いいんですか?」

「もちろん」

 

 そんな出会いから、頻繁に一緒に冒険をするようになった彼女はサクラ。3月に咲く花ののように、小さな蕾が今か今かと咲くのを待っているようだった。

 最初こそ彼女の為にお手伝いをしている気分、良いことをしているような気分だった。それがいつの間にか、彼女の為ではなく自分の為になっていったと主は言っていた。

 サクラは、いつもボクの主を待っていた。主がログインするよりも先にログインをして、何もしないでじっと待っていた。主はログインするといつもサクラと一番最初に会うこととなる。

「仕事長引いちゃって、遅くなってごめんね」

「お仕事お疲れ様」

「今日はどこ行こうか」

「一緒に遊べればどこでも」

「じゃあ、今日はお金稼ぎしようか。新しい装備も欲しいしね」

「うん!」

 ダンジョンの外でもリードするボクの主はタンクの鑑のような人だ。いつも通り2人一緒に世界を旅していく。宝探しをしたり、流れゆく景色に心を揺らしたり、変わったモンスターを見て笑ったり、NPCの発言の意図をああでもないこうでもないと考察しあったり。とにかく2人はお互いに惹かれあっていた。ともに過ごす時間が2人の想いを強くしていった。

 程なくして2人はエターナルバンドという、現実世界でいうところの結婚のようなシステムで結ばれた。

 どこへ行くにも何をするにもボクはサクラと一緒だ。ボクはサクラと一緒に過ごす時間が好きだった。ボクの主も同じだった。

 でも、どうしてかな。2人の距離は次第に遠くなっていったんだ。主が会おうとしなければ、ボクはサクラには会えない。

 

 とある日、こんなことがあった。

「今日サクラちゃんは?」

 主とサクラの共通のフレンドに聞かれた。

「んー、知らない」

「いつもべったりだったのに最近あんまり一緒にいないな」

「そうかな、忙しいんじゃないかな?」

「喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩になんかならないよ、サクラは肯定しかしないし」

「確かにサクラちゃんなんでもうんうんって受け入れるよな、何かしたいとか何か欲しいとか一切言われないの」

「今まで一度もないね」

「言わないかあの子は」

「少しくらいさ、思ってること言えばいいのに……」

「言えないんだろうな」

「ときどきさ分からなくなるんだよ。サクラが何を考えてるのか」

 少しの間があり、主は言葉を続けた。

「ホントは俺と一緒にいたくないんじゃないかって」

 サクラが目の前に現れるのと同時に主が次の言葉を発した。

「サクラと出会わない方がよかったんじゃないかって」

 聞かれたのか。聞かれてないのか。

「おやすみなさいしにきたよ」

「もう寝るのか?」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」

 そのままサクラはログアウトした。

「聞かれたかな……」

「何も言わなかったし、聞かれてないんじゃないかな?」

「分かんないよ、何考えてるか、何を思ってるのか。俺は別にサクラと出会わなかった方が良かったなんて思ってない」

「ああ、分かってるよ」

「俺不安なだけなんだよ、好きだから。大切だから。どうしても知りたいって欲が強くなって、大きくなって」

「くすぐったくなるようなこというなよ、そういうのは本人に言ってやりな」

「自分に自信がなくなってどうやって接すればいいかわからなくなって」

「だから遠ざけてしまった。だろ? 分かりやすいやつだな。そんだけ分かりやすければサクラちゃんもすぐ分かってくれるだろ」

 フレンドは約束があるからと応援するエモートをして去って行った。

 エオルゼアの時間で24時、主は雪の街へ飛んだ。サクラと一緒に旅した場所だ。快晴のときにはオーロラが見られる。あいにくの曇り空は主の心を写した鏡のようだった。燻った空を見上げ、主がボクに語り掛けるんだ。

「上手くいかないなあ」

 ボクは何も返すことが出来ない。だってボクは主の指示に従うだけの存在だから。

 

 次の日、サクラはログインしなかった。

 次の日もその次の日もサクラはこの世界に訪れず、1か月が経とうとしている。

サクラを傷付けてしまった。主はそう言った。ボクと主の旅は歩みを止めた。主はログインするとサクラがログアウトした場所でじっと待っている。日付が変わるころ、その場でログアウトする。ただただサクラを待つだけの日々が続いた。

 

「断片的に聞いて勘違いしてしまった方にも問題あるし、全部お前が悪い訳じゃないんだから」

たまには気晴らしに行こうと誘うフレンドを断り、その場で佇んでいる。

「本当に俺と出会わない方が良かったのかもしれない」

 ボクはいつも聞いているだけだ。

「サクラに会いたいなあ」

 大丈夫、きっと戻ってくるさ。

「でも、これも俺の勝手なわがままで一方的な思いで、迷惑なんだろうな」

 違うよ、サクラは心の整理する時間が必要なだけなんだ。

「出会えてよかった……ありがとう」

 そういうと、主はログアウトした。

 

 次の日、主はログインしなかった。

 次の日もその次の日も主はこの世界に訪れなかった。

 ボクは待った。主を待った。

 ボクは主の指示無しでは冒険ができない。この場を動くことも出来ない。同じ空間で他のプレイヤーからは見えないままこの場に立っている。

 ただ一つだけ出来ることがあった。ボクと同じキャラクターやNPCとは話すことが出来た。もちろんプレイヤーには分からないようになっている。

 主はサクラと同じ場所でログアウトした。主はサクラがログインしなくなってから毎日同じ場所でログアウトした。だからボクは毎日サクラと話をした。サクラと一緒に過ごした。

 ボクはサクラと会えるのにどうして主は合えないんだろう。ボクばっかり楽しい思いしていいのかな。主は会えなくて辛いのに。

 それでもサクラとの時間はとても楽しくて、ついずっとこの時間が続けばいいのになんて思ったりして自己嫌悪する。

 ボクを作ってくれた主が悲しいまま終わっちゃうのは嫌だ。ボクは主と一心同体。サクラがいなくなった理由を知りたい。今までお互いの主の話は避けていた。暗黙の了解という奴だ。

「ねえ、サクラ? サクラの主は戻ってくる?」

 腫れ物に触るように慎重に聞いた。

「わからない」

 サクラはいつもの穏やかな笑顔で答える。

「そうだよね、ボクの主もいつ戻ってくるのか分からない」

「戻ってくるといいね」

 サクラは少しだけ寂しそうに微笑む。

「ねえ、サクラ? サクラはあの日、ボクの主の言葉を聞いた?」

「なんのこと?」

「聞いていないならいいんだ」

「そう」

 あと一歩が踏み出せない。

「聞かれちゃマズいこと話してたの?」

「違うよ、そうじゃない!」

 思わず慌てて返してしまった。

「ならいいじゃない」

「……」

 何も返せない情けないボク。こんなボク……主の理想のタンクじゃないや。

 雨が降ってきた。それでもボクらはこの場を動けない。

「雨降ってきたね」

 そう言ってサクラが雨を掬うように手を伸ばす。

「すぐ止むよ」

 何度目の雨だろう、主がいなくなってからボクらは降り出す雨にも心を揺らさなくなっていった。

「雨が上がったら帰って来てくれるかな」

 珍しくサクラが願望を口にした。

「いつか帰って来てくれるよ。帰ってきたらさまた一緒に冒険行けるといいね」

「うん……」

「新しいダンジョンも実装されたんだよ! 早く行きたいね」

「うん……」

 浮かない顔のサクラ。ボクの主がいなくなってから2週間が経つ。サクラはそれよりも1か月以上前から主を待っている。それでもボクもサクラも待ち続けるしかなかった。

 

 この場所でログアウトする人は多い訳ではないが、全くいない訳でもない。稀にサクラ以外の人とも話すこともあった。

一夜明けて、朝日が昇る頃、まだ冒険を始めたばかりのプレイヤーがここでログアウトした。当然ボクらは彼を含めた3人で話をする。

「お疲れ様です」

 それぞれが挨拶を交わす。

「エオルゼア楽しいですね!」

 冒険を始めたばかりの彼は目を燦々と輝かせて言う。

「楽しいですよね、いろんな出会いがあって」

 サクラがいつものように微笑みながら答える。

 最近ではサクラの方がタンクみたいだ。ボクは話に合わせて相槌を入れるだけ。

「どの辺りまで行きましたか?」

「今日はやっとイシュガルドにたどり着いたんですよ」

「それは、なかなか目が離せないところですね」

「もうアルフィノ君がなかなか言うこと聞いてくれなくて……一苦労でした」

 誰もが通る道だねと笑った。

「じゃあ、まだまだこれから楽しみがいっぱいですね」

「はい! このまま最新まで追いつくんだーってボクの主も息巻いてました」

 ボクにもそんな時期があった。ボクの主は早く先に進みたくて、ストーリームービーをスキップしたりもして、ああせっかくボクの見せ場なのに。なんていじけてみたりもした。そんなこと主には伝わらないんだけど。それでも強くなって上手くなってどんどん世界が広がっていくのが楽しかった。世界中を見渡せるようになって、いろんな場所へ行った。いろんなことを知った。

 ボクと主ならどこへだって行ける。行けるんだ。そうだろ?

 

 すっかり話し込んでいる内にログインするプレイヤーが多いゴールデンタイムになった。でもボクらの主は今日もログインする様子がない。

「あ、ログインするっぽいです、またどこかで!」

 彼は待ってましたと言わんばかりの勢いで飛び出していった。

「またどこかで」

 そして、またいつもの2人の時間が訪れる。

 主と冒険中のキャラクターには声を掛けないのがマナーだ。彼らはそれぞれの主との冒険に夢中でそれどころではないから。

 通り過ぎていく人達を見送っていると、ボクらの近くで一人のプレイヤーが離席中のマークが表示させた。

「ちょっと休憩」

「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」

 気さくな彼は陽気に喋りだす。

「いつも30分もしないで戻ってくるんだけどね、飯風呂行って30分って急ぎすぎじゃない? もっとゆっくりしてくればいいのに」

「少しでも長く冒険したい気持ちはわかりますよ」

「逃げやしないんだから焦る必要ないのに、主って不思議だよな。もっとドーンと構えてゆっくりこの世界を堪能すりゃいいのにな」

 俺にはこのスピードの方が合うけどなと続けて笑う。

「そういえば嬢ちゃん達、昨日もここにいたろ? この辺たまり場にしてるのか?」

「そんな感じですね」

 相変わらず穏やかに微笑んでいるサクラ。

「ふーん、最近冒険してないの?」

「はい」

「そっか大変だったな」

「……」

「まあ、でも終わりってわけじゃないし、ちょっとしたお休みみたいなもんだよ」

 ちょっとしたお休み。1日がとても長く感じる。ボクはまだ15日目だけれど、サクラはどれだけ寂しい思いをしてどれだけ長い時間を待っているのか。冒険している間は一瞬に感じた1分1秒も終わりの見えないこの時間がどれほど長く窮屈で苦しいものか。そんな無神経なことを言わないでほしい。

「ちょっとなんかじゃないです。もう随分待って」

「でもまだここにいるじゃねえか」

「私、今日で45日目なんです」

「……そうか。それは悪かった」

 そうだよ、サクラはもう45日も待っているんだ。1週間や2週間の話じゃない。

「戻ってきたわ、じゃあな。また」

 そういうと彼の主が戻ってきて冒険を再開した。

「明日からシーズナルイベントが始まるね」

 少しどんよりとした曇り空のような空気を換えたかった。

「そうだね」

 サクラはいつものように穏やかに微笑んだ。いつものサクラの笑顔に安心する。

「この場所でも桜が見られるね、たしか毎年あの辺の木が一帯桜になるはず」

 うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれている。

「サクラは初めての桜だよね? あ、なんかダジャレみたいになっちゃった? ごめん」

「うん、サクラは桜をまだ見たことないのです」

 いつもの穏やかな時間が帰ってきた。

「日付がかわるのと同時に桜がパーっと咲くんだよ」

 あと5分で日付が変わる。一斉に桜が咲く瞬間を一緒に見られるんだ。

「ありがとう」

「え?」

「本当はすごく寂しかった。でも一人じゃなにも出来なくて」

「そんなことないよ。サクラは」

「ここから動くことも出来ないじゃない!」

「……」

「違う。ごめん。そうじゃなくて。一緒にいてくれてありがとう」

「どうしたの?」

「世界から見放されたような気分だった。貴方も同じく辛いハズなのに、いつも私を励まして側にいて、守ってくれた。私のタンクさん」

 日付が変わる。

「ありがとう……」

 同時に一面に満開の桜が咲いた。

「サクラ?」

 辺りを見回した。

「サクラ?いやだよ、どうして? サクラ」

 いつもどおり身体が動かない。

「どこにいるのサクラ」

 サクラを探したいのに。

「サクラ」

 ボクは何も出来ず立ち尽すだけだった。辺りは満開の桜が咲き誇っていた。

f:id:yukiclo:20210308002837p:plain

 

 

 サクラがいなくなった理由が分からない。どうしてサクラだけ。サクラの主がログインしたのかな。急にいなくなるなんてことがあるのかな。

「サクラを知りませんか?」

「知りませんけど」

「サクラを知りませんか?」

「いま冒険中なんですけど」

「サクラを知りませんか?」

「マナー違反ですよ? 話しかけないでください」

「サクラを知りませんか?」

「誰だよそれ」

「サクラを知りませんか?」

「いつもそこにいる子? 知らないねえ」

「サクラを知りませんか?」

「そこに咲いてんじゃん」

「サクラを知りませんか?」

「……」

「サクラを知りませんか?」

「なにこいつ」

「サクラを知りませんか?」

「連れてかれたんじゃない?」

「サクラを知りませんか?」

「監獄行ったんじゃない?」

「サクラを知りませんか?」

「おい!」

「サクラを知りませんか?」

「おい!」

「サクラを」

「おい! 何やってんだ!!」

「昨日の……サクラがいなくなっちゃったんです。急に消えるように」

「ああ、知らなかったのか」

「知らなかった?」

「ゲームのチュートリアルみたいに親切に教えてもらえるもんでもないし、知らないのが普通か」

「どういうことですか!?」

「45日だよ」

「え?」

「主がログインしなくなって45日経ったヤツはみんな連れていかれるんだよ」

「そんな……。嘘だ!」

「嘘じゃねえよ! 見てみろよ! どうしてこんなに人が少ないと思う?」

「みんな冒険中だからだろ」

「違うんだよ。辞めていくプレイヤーなんてごまんといる。そんな中俺たちがこの場に残り続けたらどうなると思う」

「それは」

「45日経った奴から順番に連れていかれるんだ」

「……」

「俺も昔連れていかれたことがある」

「え?」

「最近2年振りに主が戻ってきたんだよ。自分がログインしなかったくせに2年分を取り戻そうと必死に冒険してるぜ? だからな、永遠に戻ってこないって決まった訳じゃないんだ。ちょっとしたお休みだよ」

「……主が戻ってこなかったらどうなるんですか」

「しらねえな、でも45日経ってから主が再びログインするまでの記憶はない」

「それじゃ……」

「眠ってるみたいなもんだ。俺たちだってずっと待ち続けてもしんどいだろ?」

「ボクはサクラと一緒ならどれだけでも」

「それはお前の都合だろ?」

「……」

「あの嬢ちゃん、サクラちゃんか。お前がそんなだから言えなかったんじゃねえか? 知ってる様子だったぞ。サクラちゃんが戻ってくるまでにちったあ心鍛えとけ」

「……戻ってくる」

「ああ、そうだ。終わりじゃねんだ。桜は毎年咲くんだろ? 柄にもねえこと言わせんな。じゃあな」

 彼の足音が遠ざかって行った。

「45日……」

 

 残り29日

サクラはこんなにも途方もない時間を一人で過ごした。ボクはたった一人この時を耐える自信がない。なんて情けないんだろう。ボクはもっと強くてカッコいい頼りがいのあるタンクになるハズだった。ボクは守っているつもりでいつも守られていて。自分一人じゃ何もできない。ただ茫然と立ち尽くすばかり。ただ指示を受けてそれ通りに動いてさも自分の力だと勘違いした哀れな人形だ。

全てを失ってから気付いた。もう手遅れだ。もっと大切にするべきだった。主と過ごした時間もサクラのことも。そうしたらもっと違う未来が訪れていたかもしれない。あんなに悲しそうなサクラの顔を見なくて済んだかもしれない。サクラに無理に笑顔を作らせずに済んだかもしれない。

思案している内に夜が更けた。

 

残り28日

桜を見に来るプレイヤーを遠巻きに見つめる。仲睦まじげに2人で写真を撮っている。シーズナルイベントが始まったのだからそれをきっかけに主もサクラも戻ってくるかもしれない。そんな安易な考えはすぐに消し飛んだ。主がいなくなった理由もサクラがいなくなった理由もそんな簡単なことじゃない。ボクは気付いていた。

あの日の発言はサクラの耳に届いていた。寂しそうに笑うサクラの顔を思い出す。

 

残り27日

勘違いなのに。2人はすれ違ってるだけなのに、どうして。話し合えばすぐに解決するのに。それだけのことなのにボクには何もできない。主はサクラを好きだった。好きだから不安になっちゃったそれだけなんだ。どうして分かってくれないんだ。どうしてたった一言で全てを判断してしまうんだ。

 

残り26日

違う。サクラの主も不安だったんだ。ちゃんと好きだったから。だから怖くなって逃げるしかなくなってしまったんだ。ボクの主をこの世界の全ての様に大切に思ってくれていたんだ。世界を失う事と同じくらい大きなことだったんだ。だって2人は愛し合っていたんだから。

 

残り25日

ボクに何が出来る。ボクに何が出来る。ボクに何が出来る。

何も出来ない。そんなこと分かっているだけど、考えずにはいられなかった。

 

残り24日

今のボクは生きているのかな。システム上カウントされる時間は主がログインしている間だけだ。ボクの身体は言う事を聞かず、ただの木偶の坊。魂だけが彷徨っている。さながら地縛霊だ。そんな魂を成仏させてくれるシステムなのかもしれない。

 

残り23日

サクラ、君はいま夢を見ているかな。深い眠りの中楽しい夢を見ていてくれたらいいな。夢の中で新しい街に行って、新しい人達と出会って。夢の中でなら会えるのに。サクラ……会いたいよ。

 

残り22日

桜を見に来た人たちが言うんだ。「来年もまた一緒に見ようね」って。そんな約束に意味はあるのかい。誰が明日いなくなるかも分からない世界でそんな言葉何の意味も持たないじゃないか。ボクとサクラはずっと一緒にいようねって。エターナルバンドまでしたのに、見てごらんよ。離れ離れだ。

 

残り21日

まだ3週間もある。いっそのこと今すぐにでもボクの事連れ去ってくれればいいのに。早くサクラのところに連れて行けよ! ボクも連れてってくれよ。頼むよ。もう一人は嫌なんだ。

 

残り20日

サクラの言葉がこだまする。サクラは最後の最後までボクのことを気遣ってくれた。不安で仕方がないハズなのに。ごめん、サクラ。ボクはサクラみたいに強くなれないよ。世界が憎い。世界が妬ましい。ボクはボクが大嫌いだ。

 

残り19日

ボクがボクを否定したら誰がボクを肯定してくれるんだ。誰もしてくれないじゃないか。こんなボクじゃサクラも肯定してくれないだろう。せめてボクだけはボクを肯定しよう。

ボクは主と旅しているボクが好きだった。自分の足で切り開いて新しい景色を見てきたじゃないか。ボクは主に教えてもらった。サクラに教えてもらった。だからボクは前に進もう。

 

残り18日

あの人の装備、ボクと一緒だ。周回頑張ったのかな。懐かしいな。欲しいものに限ってなかなか出ないんだよな。主も「何で出ないんだー!」って叫んでたな。

 

残り17日

この世界の桜はずっと花びらが舞っているけど、終わりのその日を迎えるまでは散らない。空をひらひらと舞う桜が踊っているように見えた。

 

残り16日

少しずつ少しずつ遠ざかっていく記憶。おぼろげなサクラの横顔。繰り返し焼き直して擦り切れていく写真。上書きされない思い出。

 

残り15日

桜が散った。サクラが遠くなったような気がした。ぽっかりと開いた穴を風が通り抜けていく。

 

残り14日

あと2週間。サクラと過ごした時間は、サクラがうん、うん、と楽しそうに聞いてくれるものだから、つい嬉しくなってボクばかり話してしまっていたね。サクラは聞き上手だから、聞く側に回り過ぎて、話したい事話しそびれちゃっただろうね。今度会ったらサクラの話をボクがうん、うん、ってサクラが聞いてくれたみたいに聞くよ。聞きたいな。聞かせてくれるかな。

 

残り13日

サクラに言ってないことがあるんだ。ボクとキミの主はエターナルバンドで愛を誓い合った。でもボクはサクラにちゃんとプロポーズしていなかったね。次にサクラと会ったらプロポーズするよ。

 

残り12日

プロポーズは今更すぎるかな。でもちゃんと伝えられるときに伝えないと。言葉にしないとダメだよね。どこでしようかな。あ、でも自由に動き回れないか。主、気の利いた場所でログアウトしてくれよ?

 

残り11日

そうだ、エターナルバンドのアニバーサリーの日なんてのはどうだろうか。タキシード着てめかし込んで最適じゃないか。でもそのままログアウトしてくれるとは限らないか。ちょっとマナー違反だけど、ログイン中にこっそりプロポーズしちゃおう。怒られるかな。でもいいや、ボクがそうしたいからそうするんだ。

 

残り10日

10日間。ボクが生きていた時間に比べれば短いものだ。思えば長い時間冒険をしていたんだな。その間いろんな出会いがあった。初めての出会いは主だった。ボクはこの人が主で良かったと思っている。だから帰ってきてほしいな。また冒険がしたいよ。

 

残り9日

ボクが自由に動けて、主がこの世界にやってきたら、いろんなこと教えてあげられるのに。きっと今ではボクの方がこの世界のこと詳しいよ。主がおやすみしてる間、いろんな情報を手に入れたよ。なんだか新しい装備を身にまとってる人がいたんだけど、絶対主好みだと思う。あの装備一緒に探しに行こうね。

 

残り8日

主とサクラ2人がいればボクは他に何もいらない。ボクがいなくなったっていい。2人にもう一度この世界を楽しんでほしいんだ。

 

残り7日

あと1週間。もうすぐサクラに会えるね。楽しみだな。サクラは一人で寂しくしてるかな。どんなところなんだろう。そっちに行ったら案内してね。

 

残り6日

もう会えないのかな。サクラもボクもずっと眠ったまま。夢を見続けるのかい。どうして帰ってこないの。

 

残り5日

イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。

 

残り4日

穏やかな春の陽だまり。透き通る風。道端に笑顔が咲いていた。

 

残り3日

ボクの旅はまだまだ道半ば。少しおやすみをして、またキミとともに。

 

残り2日

主がボクに付けてくれた名前。ボクは好きだ。サクラの名前もキミにとてもよく似合っている。

 

残り1日

サクラ、もうすぐキミの元へ行くよ。また一緒に笑おうね。

 

残り0日

おやすみ、エオルゼア。

 

 

 

 

おしまい

 

Related Story:8月のエオルゼア / 12月のエオルゼア
Presented by LLP

(C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です