5月のエオルゼア 第三話
グリダニアは木々に囲まれた田園都市で、森の一部のように馴染んでいた。水車が回っていたり、革細工や木の加工所や工房のようなものも見られた。新市街から旧市街と呼ばれる方へ行くとマーケットもあり、人々の生活がうかがい知れた。
「この人達はNPCじゃないよね?」
思い思いの方向へ不規則へ動いて行ったりお互いに見つめあっていたり、今まであってきたNPCとは違う様々な人がいた。
「ほとんどがプレイヤーだ。トラベラーはあんまりいない」
「プレイヤーともお話出来たらもっと楽しそうなのになー」
イノリが残念そうに言う。そうだプレイヤーとは会話が出来ないんだった。
「プレイヤーと話が出来てたら、今頃元の世界に戻れてるだろうよ」
元の世界への戻り方教えてくれよ、とエディがプレイヤーに絡むが一切反応しない。
「自分たちで見つけないとな」
エディがため息を吐く。
「ついでにシナモン買ってってアルさんにアップルタルト作ってもらおー」
イノリがNPCからシナモンを購入する。
「アップルタルトくらいなら自分で作れるんじゃないか?」
「アルさんに作ってもらった方がクオリティが高くて美味しいもーん」
イノリはアルさんに教えてもらって調理師のレベルも少し上げている。
買い物を済ませたイノリが満足そうに買ったばかりのシナモンの香りを嗅いでいる。またたびを貰った猫のようだ。
二人が部屋を散らかして叱られている猫のようになっているのは、ボクらがお使いをすっかり忘れていたせいだ。
「アッシュ原木採ってこいって言ったよな?」「はい……」
アルの店に帰ると木を加工していたアルがノコギリを持ったまま睨みつけていた。
「エディ! 行ってこい!」「俺だけ?」
アルがノコギリを置いて本に持ち変える。
「あだっ!」本の角でエディの頭を小突いた。
アルが先ほど置いたばかりのノコギリをツーっと指でなぞる「こっちの方が好きか?」
「い、行ってきます!」
エディが帰ってきたばかりの店から脱兎のごとく飛び出していった。
「んで、どうだった?」
「学者か。ってずばり当てられました、けど話は巴術士になってからだって」
うん。とアルが一つ頷く。
「ナタクが学者って言うんだったら安心だな。適性があると思っていい」
あの人そんなすごい慧眼の持ち主だったとは。本当に学者の適正があるかどうかは分からないけど。ナタクがニートとでも言い当てたのであれば疑う余地はないが。
「イノリはその荷物置いて、リムサまで連れてってやりな」
やだやだ。もうお外には出たくないでござる。
「うん」
素直に頷いてグリダニアで買ったシナモンと蜂蜜をアルに渡す。ボクに向かって微笑む。
「行こっか」
「これ持ってけ」
アルが差し出したのは先ほどエディの頭を小突いた本だった。それと一緒に巴術士になったら使えと装備一式を貰った。
この世界は便利だ。どういう訳かあらゆる物理法則を無視したかのようになんでも詰め込めるバッグがある。どんなに大きなものでも小さなバッグに全て収まってしまうのだ。制限があるとすれば、種類数に上限があることくらいだろうか。
「とりあえず今日の内にウルダハまで目指そう」
心なしか残念そうに見えるのは、アップルパイを作ってもらいそびれてしまったからだろうか。
「リムサ・ロミンサって結構遠いの?」
「早ければ明日の陽が落ちるまでにはたどり着けると思うよ」
中央森林から先ほどとは逆の南部森林方面へと向かう。
ここまでひたすらこの世界のことを覚えるのに必死でイノリやエディ、アルさんのこと聞いてなかった。道中いろいろ話せそうだから聞いてみよう。
「イノリ」
「ちょっとまってね」
剣と盾を構えると一気呵成に人型のねずみを両断した。
「この子たちは、自分より弱そうな人見付けると攻撃してくるから気を付けてね」
道中はアクティブモンスターも多いそうでイノリから離れないようにと注意を促された。
「イノリって強いんだね」
「結構レベル上げ頑張ってるからね」
耳をひょこっと動かして誇らしげに言う姿は可愛らしくもあり頼もしくもあった。でも剣と盾を構えたとは言え、華奢な女の子に守られている自分が少し情けない気分がした。巴術士になって守られなくても大丈夫なくらいにはなりたい。
「ノーキはこの世界好きになれそう?」
まだ分からないことが多いし、ただイノリ達に助けられたおかげか不便はあれど苦労はないし、そんなに悪くないと思う。
「好きかどうかはまだ分からないけれど、嫌いじゃないよ」
「うん」
イノリが嬉しそうに微笑みながら、目の前に現れた歩く草を切り刻んだ。
「猟奇的だ」
「うん?」
「いや、なんでもない」
南部森林に入ってから少し歩いていくと、森の中にひっそりと佇む隠れ家のような場所に酒場があった。酒場と言えば出会い。新しいトラベラーに出会うかもしれない。イノリにトラベラーとプレイヤー、NPCの見分け方を聞いてみたところ「奇妙な動きをしているのがプレイヤーで、決められた行動だけをしているのがNPC、一番自然な動きがトラベラー」だそうだ。突然奇声を上げて巨木を駆け上って行ったり、笑顔で歩く草を切り刻む様はプレイヤーのそれだと思うのだが、心の中に秘めておこう。
「ほら、あそこ見て!」
イノリが指さす先に斧を背負った男がいた。
「あの人トラベラーだよ。間違いないよ!」
「おお」
「私結構見る目あるんだよー? エディなら気付かなかったね」
仲間にするか!? RPGと言えば仲間が少しずつ増えていくものだしな!
「なんか外の方観察してるみたいだけど誰か待ってるのかな?」
知らない人と会ったり話したりするのはあまり好きではなかったが、ここまでイノリやエディ、アルさん以外にまともに話せる人もいなかったせいか少しだけワクワクしている。こんな気持ちは久しぶりだ。冒険は楽しいのかもしれない。
「困ってるかもしれないしちょっと話しかけてみよっか」
イノリが我慢しきれず話しかけに行った。
「こんにちはー、何かお困りですか?」
イノリから2,3歩離れた所で様子をうかがう。
「ここは、『バスカロンドラザーズ』。バスカロンの親父が営む酒場だ。安心して、大いに飲んでくれ。レッドベリー砦のゴロツキもここには手出しできねぇ。ここは特別な場所なのさ。」
「お詳しいんですね。よくこの酒場にいらっしゃるんですか?」
「ここは、『バスカロンドラザーズ』。バスカロンの親父が営む酒場だ。安心して、大いに飲んでくれ。レッドベリー砦のゴロツキもここには手出しできねぇ。ここは特別な場所なのさ。」
「……NPCやった」
「お、おん」
きまりの悪そうにして顔を赤らめているその可愛らしさに免じて先ほどの発言を蒸し返すのは止めておこう。ボクも話しかけるまで分からなかったし。
酒場を抜け南に向かうと大きな沼の上に立つ簡易的な哨戒所にたどり着いた。
「あと少しで黒衣森を抜けるよ」
「イノリはさ、いくつなの?」
「2歳くらいかな、ここではね」
「元の世界では?」
「17歳だよ」
若い。今までの言動から幼さは感じていたが、そんな若さでよく分からない世界に巻き込まれて大変だっただろうな。
「早く戻れるといいね」
「このままでもいいかな、この世界好きだから」
きっとどんな場所でも適応できる強い子なのだろうか。
「でも、残された家族が心配。それだけが心残りかな」
いや、普段は楽しむことで不安を押し殺しているのだろうか、まるで現実から自分が失われてしまったかのような言い回しをする。
「大丈夫、きっと戻れるよ。それまでこの世界を楽しもう」
「うん! そうだね!」
黒衣森を抜けるとザナラーンと呼ばれる荒野に出た。
「ちょっとだけ寄り道してもいいかな?」
「もちろん」
少し脇道に入ると洞窟の中に祠のようなものがあった。
イノリはそこに祭られている銅像の前に両膝をつき、両の手を握り合わせ目を閉じると、いつもせわしなく揺れているポニーテールも制止した。洞窟のひんやりした空気とその姿に神秘的な尊さを感じ、この空間だけ時間も空気も全てが止まったような気がした。
少しするとイノリは立ち上がり、こちらに向き直った。
「何の神様かはわからないんだけどね。近く通るときは必ず立ち寄るようにしてるんだ」
まだまだ親や周りの大人に頼って生きていく年齢なのに、それをすべて奪われてしまったのだ、神に縋りたくなる気持ちも分からなくはない。
「そういえばトラベラーってどれくらいいるの?」
「あんまりいないかなー。アルさんが言うには数百人くらいらしいよ。プレイヤーは何百万って数いるらしいけど」
どうりで道中で出会うのはNPCやプレイヤーばかりでトラベラーとは出会わない訳だ。
「トラベラー同士で交流とか情報交換みたいなのはあるの?」
「あんまりないかなあ、この世界広すぎるし。でも情報屋みたいな人はいるよ。その内会えると思う」
こんな得体の知れない世界で生きていくには情報は不可欠だ。必然的に情報の価値は上がるし、それを生業にしている人がいてもおかしくはない。
「現実に戻れた人の情報とかないのかな」
「いまのところそういった情報はないみたいだね」
「どうやったら戻れるんだろう」
「ノーキは早く戻りたい?」
「そりゃ、仕事も途中でほっぽり出してるし」
「それって本当にやりたいこと?」
「いや……」
確かに、別にやりたくてやってる訳じゃない。とりあえず平々凡々に生きていく為にやっているだけで。
「イノリは……」
「あー! 見えてきたよ!」
イノリのやりたい事を聞こうと思ったところで遮られた。イノリが跳ねるように駆け出した先には切り立った断崖を結ぶ橋が架けられていた。
「もしかして高いとこ好きなの?」
「うん!」
アレと煙は高いところが好きっていうやつか。ポニーテールを左右に揺らしながら、満面の笑みで手招きしている。
「ノーキもキュンってする?」
「な!? なにが!!」
吊り橋効果の事でも言っているのか? 確かに元気な子は嫌いじゃないが。言動のせいであんまり気付かなかったが、よく見ると出るとこ出てて女性らしくもあり、最初は尻尾と耳に驚いてそっちばっかり目が行ってたけど、頬がふっくらとして丸顔で全体的に柔らかい印象。いやあ悪くない。
「エディが言ってたよ、高いところはキュンってするって!」
あれ? もしかしてヒュンのことだろうか。エディめ、こんないたいけな少女に玉ヒュン教えるなよ。あんまり意味分かってなさそうだし、そっとしておこう。
「イノリはさ、現実戻ったらやりたいこととか夢とかある?」
イノリが険しい顔をしてやりたい事を絞り出そうとしている。一間おいて大きな目が大きく開き、口がパカっと開いた。
「タピオカミルクティー」
「タピオカ?」
「本場のタピオカミルクティ飲みたい!」
タピオカミルクティの本場ってどこだよ。
「現実に戻ったらいくらでも飲ませてあげるよ」
「やったあ。楽しみ!!」
幼さの残るあどけない顔にパァっと笑顔が咲くと、再びポニーテールを大きく揺らしそのまま走って橋を渡った。
「本場のだよー?」
「ああ、もちろん本場のだ!」
橋の先まで渡り切ったところでイノリが振り返る。
「約束ね!」
17歳なんてそんなものか。確かに自分も特にやりたいことや夢なんてなかった。妙に現実が見えてきて子供の頃みたいに無邪気に夢を語れなくなって、それで何も見ないふりをする。そんな年齢だろうか。現実的な夢が見つかる人なんて一握りの幸せ者だ。イノリの些細な夢、現実に戻ったらいくらでも叶えられるだろう。その後、夢だってなんだって考えればいい。心地よさそうに揺れる栗毛の尻尾を目印にゆっくりと後を追う。
「あつい……」
とにかく暑い。黒衣森の湿地帯の湿った空気から一転、からっと乾いた空気に差すような日差しが痛い。橋を渡り切ってからすっかり緑も少なり荒野が続く。
「カラッとしてて気持ちいいねえ」
「いや暑すぎるでしょ。いまって夏?」
「まだ初夏くらいだと思うよ?」
嘘だろ? これ以上暑くなるのか。夏場はザナラーンに近づくのはやめよう。
「もしかして前世は引きこもり?」
「誰が引きこもりだ」
思わず反射で反論してしまったのは自覚があるからだろうか。外に出るのは通勤のときくらいだった。
「それに、前世って」
「少年よ、いまを楽しもうではないか」
イノリがケタケタ笑っている。
「せっかくそんな可愛い身体に生まれ変わったんだから走り回って楽しまないとせっかくのララフェルが台無しだよ?」
「台無しでもいいからどこかで一旦休もうか、身体が言う事きかない」
「オジサンみたいね」
悪かったな、おじさんなんだよ。
「もうすぐドライボーンっていうキャンプ地があるからそこで休憩しようね」
イノリの倍くらいの年齢なんだが、この幼児のような身体のせいか子供扱いをされる。悪くないと思ってしまうのは、ボクの性癖なのだろうか。変な性癖に目覚めないか少しだけ心配になる。
ドライボーンは地下へと潜る洞窟を切り開いたような場所にあり、底まで歩き進めるとNPCがたくさんいた。皆一様に質素な恰好をしていたが、数人裕福そうなものも見かけた。大きな格差社会がありそうな国のように感じた。
「こっちこっちー」
イノリが乱雑に組まれた木のスロープを上っていく。ボクもそれに続く。
「これ下る必要あった?」
予想通り外から回り込めば、高低差無くイノリの目的地であろう教会にたどり着けた。
「せっかくだから中覗きたいかなー? って思って」
ボクは休みたいだけなのだが。
教会には崇拝すべき偶像の類はなく、神父らしき男がいるのみだった。
イノリとボクは教会内のベンチに腰掛ける。イノリはやはり両の手を握り合わせて祈り始めた。
「なにをそんなに祈ってるの?」
「特になにもかな」
そんなもんか。祈らずにはいられないといったところか。
「やっぱり怖い?」
「なにが?」
イノリがきょとんとした顔で聞き返す。
「ほら、こんな訳わからない世界に急に連れてこられて。戻り方も分からないし」
「ん~。私は楽しいかな。この世界は本当に広くて、その中を自由に旅できたり。もっともっといろんなもの見てみたいって思うの」
「イノリは好奇心旺盛なんだねえ。ボクは知ってる場所に閉じこもってる方が安心する」
また、前世引きこもり発言だ。とイノリが笑う。
「見渡す限りの海だったり、埋もれちゃうくらいの雪原とか、目の前の景色が歪んでみえるくらいの灼熱の砂漠、満天の星空。いろんな景色があって、それが見れただけで幸せだなーって思うよ」
「とりあえず今は涼しいところに行きたい気分だよ」
「じゃあ今度イシュガルド行こうよ!」
「どんなとこなの?」
「雪の国! いまのノーキにはまだ早いから、強くなったら行こうね」
「ああ、楽しみにしておくよ」
「うん!」
無邪気に笑うもんだから、ついボクも行ってみたくなったよ。とりあえずはイシュガルドに行けるくらいには強くなろう。
「ところで、ボクっていま何レベルなの?」
「ノーキはまだ村人A状態だからレベルなんてないよ」
「え? ボク村人Aなの?」
「うん。だから一番弱いモンスターと戦ってもやられちゃうと思うよ」
「え、ざっこ」
こんなモンスターだらけの世界で雑魚敵すら倒せないのか、今のボクは。
「死んだらどうなるの? ゲームの中だからどこかセーブポイントとかで……」
「お星さまになっちゃうよ」
イノリの表情を見て、現実と同じなんだと悟った。
イノリ達に拾われてなかったら、今ごろ野垂れ死んでいたのかもしれない。生き残っているのが数百人程度で本当はもっとたくさんいたんだろうか。
キャンプ・ドライボーンを出ると、少しばかりか水辺も増えてきて涼しくなってきた気がした。すぐにNPCが集まっている場所に着いた。
「線路がある!!!」
文明だ! この世界の文明も進化していたぞ。アルのとこがド田舎なだけだったんだ。
「電車すき? かわいい」
イノリが子供を見るような目で微笑む。
「あ、いやあんまり好きじゃない」
通勤の満員電車を思い出してどっと疲れがのしかかってきたような気がした。
「残念だね、私たちは電車乗れないの。ごめんね、いい子だから我慢してね」
……悪くない。きっと幼少期愛情が足りなかっただけなんだ。そうだ、決して変態ではない。
「代わりに線路の上歩いていこっか」
線路の上を左右に手を広げバランスを取って歩いて行くイノリに続く。
視線の先に大きな街が見えた。
5月のエオルゼア
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