5月のエオルゼア 第九話
自分たちの世界から彼女を追い出そうと心無い言動が降りかかり、そこに存在していないかのように扱われ、「私がいなくなっても世界は何も変わらない」と悟った。そして溢れ出したそれは、彼女に抑えきれない衝動を与えた。
目の前のイノリは歴史の問題を解いていくように淡々と空気を埋めていく。
「気付いたらこの世界にいて、耳も尻尾もあって何より驚いたのが――」
※ ※ ※
この世界へ降り立って失ったハズの足を手に入れたイノリは安堵した。
「足が……ただいま……ただいま」
悪い夢から醒めたような、故郷を懐かしむような表現しきれない感情に笑いながら涙を流した。
「ママとパパを探さないと」
この世界はきっと死後の世界だ。つまり天国。本当にあったんだ。きっとパパとママもここにいる。
ウルダハの地に降り立った彼女は街の中を隈なく探して回った。
「私もこんな見た目だし、ママもパパも違う見た目になっているかも」
情報を集めようと手当たり次第に聞いて回ろうと思った。私には足がある。
けれど、街ゆく人は誰一人反応がなかった。文字通りに。楽しそうにお喋りをしている人の間に立って話しかけてみたりもした。でもそこに誰もいないかのように話を続ける二人。段々と自信がなくなってくる。本当に私はここにいるのだろうか。私って誰? 私ってどこにいるの?
「ねえ誰かこたえてよ! 私はここにいる! ここにいるんだよ」
叫んだ声は降りしきる雨の音にかき消された。
結局、どこへいったって私の居場所なんてなかったんだ、だったらどうして私は生かされているの?
「消えてなくなればいいのに」
私の居場所はあの事故でなくなってしまった。でもパパとママだけは。
わずかばかりの希望を拠り所に必死にぬかるんだ地面を踏みしめた。
「おい、あいつトラベラーじゃねえか?」
遠くの方で私を指さし話す声が聞こえた。長身の男と小さな子供が近寄ってくる。
やっとだ。やっと私を見付けてくれる人がいた。よかった。
「あの! パパとママを探しているんですが」
「は? なにいってんのこいつ」
「さあ? ちょろそうだしさっさと済ませようぜ」
「すみません、やっと話せる人と会えたので……」
「来たばっかか、んじゃなんも知らねえんだな」
「はい。人に聞いて回ろうとしたんだけど、誰とも話せなくて……」
ゴンっと鈍い音がすると身体が後ろへ仰け反り、尻もちをついた。遅れで右頬に割れるような痛みが走った。ズキンズキンと脈打ち熱を帯びていくのが分かる。
「あー、めんどくせえなあ。んでなんだっけ?」
すらりと伸びた男の脚が私の右肩に目掛けて振りぬかれると、左肩が濡れた地面に着いた。
「先に天国に行ったパパとママに会いたいんです」
「じゃあ、会わせてやるよ」
やっと会える。嬉しさで痛みは吹き飛んだ。パパとママに会えるならいくらでも痛めつけてくれていい。
男がしゃがんでイノリをのぞき込むように見る。
「ここは人と人が殺しあう地獄だ。天国になんていけやしねえ」
細くて長い指がイノリの首を絞める。わずかに漏れ出る空気に言葉を乗せたイノリの目は血走っていた。
「地獄……でも、いい……、パ……パと、ママに……会わせて」
私を見てピクりともしない二人。
「パパママってこいつ中身ガキだろ? 流石に……な」
連れ合いの子供の言葉に反応して男の手から力が抜けていく。
「やめやめ、興醒めだ」
待って……行かないで……。
「変に会話するとダメだな」
ダメ……行かないで……お願い……私を一人にしないで。
「次は顔を見る前にやろう」
その場に倒れ込んだまま手を伸ばす。伸ばした手に隠れるくらい二人の背中が小さくなると意識が途絶えた。
パパとママが手を繋いで歩いている。光が差し込む先に向かって。ああ、ようやくたどり着いた。私の長い旅も終わった。
「――――……」
声が出ない。待って。行かないで。立ち上がろうとしたが足に力が入らず崩れる。
構わず歩いて行く二人。
待ってよ。やっとなのに、ずっとずっとこの日を待っていたのに。さっきまで動いていた足が動かない。どうしてなの。動いてよ!
ママが振り返り私を見る。それに気付いたパパも振り返る。
良かった……。気付いてくれた。二人がこちらに引き返すのを待たず、急くような気持ちで地面を這いつくばって二人の元へ進んだ。
パパとママが何か言っている。遠くて聞こえないよ。すぐ行くから待ってて。どこにも行かないで。
ママがパパをちらりと見て、そしてこちらに向き直り大きく手を振った。私も必死に手を振り返した。
「――え……?」
パパがママの肩をそっと抱きよせると再び光の差す方へ歩いて行った。
「待ってよ!! 行かないで!! お願いだから! お願いします……行かないで……もう一人にしないで、一人は嫌なの。一人は辛いの。ねえ助けて……助けてよ!!」
二人が光に包まれると、そのまま世界が真っ白な空白になった。
※ ※ ※
「ちぎれるんじゃないかってくらいに伸ばした手を掴んでくれたのがニースだった。目を醒ますとノーキみたいに小さな手で私の手を握っていたの」
そうしてイノリはニースと出会いこの世界を旅することになった。いま笑っていられるのはニースのおかげだと懐かしむように微笑む。ナイトを選ぶきっかけとなったのもニースで、グリダニアに拠点を移すこともグリダニアを出られなくなったのも全部ニースが関わっている。
ひんやりとした風が通り抜けると夜と朝の境目がぼやけて見えた。
「ノーキと出会って、何にも出来ないノーキが怯えたり悩んだりしながらも立ち向かって成長していくノーキを見て、人に守られるんじゃなくて人を守れるようになりたいと思ったの。だからノーキは私が守るよ。なんてね」
栗色の髪が風になびくと朝日に透かされていつものイノリの横顔が見えた。
木々のざわめきに混じって遠くから息切れする音が聞こえてきた。森の奥に目をやるとこちらに走ってくるララフェルが見えた。
「助けてください!!」
「え?」
「仲間が! 行方不明! なんです! 今も、きっとゼーメル要塞の中で」
助けを求めるララフェルは大きく息を吸って呼吸を整えながら続けた。
レベルの低い仲間と共に二人でゼーメル要塞に迷い込んでしまったが、一人でも攻略できるレベルだった。危険のない場所に仲間を待機させ一人で攻略をしたが、引き返せない構造になっていた。攻略後、再突入するも仲間が見当たらなくて、一緒に探してくれる人を探していた。
『ふーん、大変ねぇ。ゼーメル要塞ねぇ。今のノーキなら余裕なんじゃない? 助けてあげたら?』
空飛ぶ小人を見て、ララフェルは目を丸くしている。もちろん小人が飛んでいるからではないだろう。
「カーバさんいつからいたの!?」
『いまぁおきたとこぉ』ぐーっと伸びをする。
「とりあえず、お家の中で聞きましょ」
イノリが長い髪を結わえると「大丈夫だからね」とララフェルに微笑んだ。
トントンとリズム良く軽快に鳴っていた包丁の音が止まる。料理をしながら一連の話を聞いていたアルが「やめておいた方がいい気がする。何かきな臭い感じがする」と曖昧に呟く。
「え、でもそれじゃ」「助けに行かないとは言っていない。ただしレンリに向かわせる。お前らはここで待て」
「自分も助けに行きたいんです。じっと待ってるなんて出来ないです。お願いします! 力を貸してください!」
手の届く範囲の世界はボクが救っていくんだ。
「行こうよ。大丈夫ボクがきっとなんとかする!」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
「私も行く! ノーキが行くなら私も行く!」「イノリ!」アルがイノリを制止する。
少し離れたところで様子を見ていたエディが立ち上がり短く息を吐く。
「わーったよ、俺も行くから。そんでいいだろ? ゼーメル要塞くらい大したことない。アルは心配しすぎなんだよ。過保護は子供の成長の妨げになるぜ?」
「子供じゃないもん!」「お前は立派な子供だろ」『私から見たらエディも子供なんだけどね』
「ねえ、アルさん。いいかな?」イノリが親にねだる子供のような目でアルを見つめる。
アルが大きく息を吐く。「何か異変を感じたらすぐに引き返すこと」
「それって」
「決まりだな、そうと分かればさっさと行くぞ」
『行くって言っても闇雲に探しても意味ないんじゃない? 待たせていた場所にはいなかったわけでしょ?』
「それなら少し案があるんです。あまりのんきにもしてられないので、道中説明させてください!」
「きっとお腹を空かせている。あんまり日持ちしないから。夜くらいまでには帰ってこい」
アルから5人分弁当を受け取ったボクらはゼーメル要塞へ向かった。
『そういえば、あなた名前は?』
「あ、申し遅れました。私はビザールです」
「ビザールくん! よろしくね」
このララフェルは男だったのか。イノリにはララフェルの雌雄の区別がつくのだな。
『ビザールくんね』カーバさんが品定めをするように見つめる。
「えっと、みなさんのジョブはなんですか?」それぞれが自己紹介を交えて自分のジョブを伝える。
「なるほど、困りましたね……」
「どうした? さっき言ってた案に必要なジョブがあるのか?」先頭を歩くエディが振り返りビザール尋ねる。
「いえ、私ヒーラーしか出来ないので……」
「なるほど。ノーキお前召喚士やれよ」
「え? できるかな」
「学者と同じ巴術士系統だから似たようなもんだろ。それにメインは戦闘じゃなくて人探しだ。そんなに身構える必要もないだろ」
「わかったよ。やってみる」少しでも慣らす為に道中召喚士の魔法を試し打ちしながら行くことに決まった。
『あら、じゃあ私はお留守番ね』カーバさんがボクの耳元で『あんまり気を抜かないようにね』と言い残し、妖精の国へ帰っていった。
学者の力で召喚されていたカーバさんとはしばしお別れだ。慣れないジョブだ。カーバさんの言う通り油断大敵。
通常はタンクを先頭に4人まとまって行動するのがダンジョン攻略のセオリーだが、ビザールの案とは二手に分かれる事だった。
「ゼーメル要塞は分かれ道も少ないから、二手に分かれれば十分見落としなく回れると思うんです。それでその構成が」
「私は一応回復魔法も使えるからビザールくんとは別行動だね」イノリがクレメンシーと唱えると回復魔法が飛んできた。
「はい」
「となると俺とビザールがペアか」
「そうですね、慣れないジョブでタンク代わりになってもらうのはちょっと危険だと思いますので、エディさんお願いします!」
「任せておけ。イノリはノーキのフォロー頼むな」
「うん ノーキは私が守るよー」
なんかお荷物っぽいなボク。でもなんだか久しぶりのこの感じ、楽しいな。おっといけない油断大敵。油断大敵。
ナタクの元で修行を積んだフォールゴウトの地を通り過ぎる。帰りに少し顔を出してみようかな。召喚士の姿で会ったら「学者になってこい。話はそれからだ」なんてNPCのように同じこと言いそうな気がして思わずクスっと笑ってしまった。
その姿を見てイノリはボクに笑い返してくれた。同じようなこと考えてたのかもしれない。
北部森林を抜けるとドラゴンヘッドへと着いた。
「雪―!!」イノリがエディを追い越して走り出す。
辺り一面が雪景色に様変わりした。イノリがしゃがみ込み雪玉を作る。
「遊びじゃないぞ。ゼーメル要塞はすぐそこだ」
「そうだね。ごめんなさい」とイノリがまん丸に丸めた大きな雪玉を雪の中に戻した。
「ちょっと試し撃ちしたいんだけどいいかな? すぐ追いつくから先に行ってて。あ、イノリはちょっと壁してほしいかな」
間抜けな顔をした巨体を指さすとエディとビザールは頷き先へと進む。
「グゥーブーってずっともぐもぐしててかわいいよね」と言って斬りかかる。
「サモン」と唱えると真っ赤に燃えるエギと呼ばれる召喚獣が現れた。
「カーバさんみたいには喋らないか」
「みんなお話できたらよかったのにね」
イノリの背後で長い腕を鞭のように振り回すグゥーブーが大きな口を開けると何十本あるかも分からない大量の歯が見えた。
「うわあ、あれ何本あるんだろう。こわ」イノリがグゥーブーの方に向き直る。「100本はありそうだね」
既に丸められた大きな雪玉を拾って投げるとイノリの背中に命中した。
「いた!」「命中!」もう一発投げつける。
「ノーキ!」イノリがグゥーブーの攻撃を受け流しながらすぐに雪玉を作って投げ返してきた。
イノリはグゥーブーを盾に隠れ、雪玉が出来ると顔を出し投げてくる。投げてくるタイミングを狙ってボクも雪玉を投げる。
ちょっとした雪合戦をしているとエギがグゥーブーを倒しきった。
「ちょっと遊びすぎちゃったかな。そろそろ行かないとだね」と申し訳なさそうにする。
「おかげでエギの力量がだいたい測れたよ。ありがとう」「うん!」
走り出すイノリの背を追ってボクも走り、先に行った二人を追いかける。
「また雪合戦しにこよう」
「うん!」
エディとビザールがゼーメル要塞に到着するころ、ちょうどノーキとイノリが合流した。ノーキとイノリの息が整うのを少し待って4人はダンジョンへと潜り込んだ。
ゼーメル要塞とは、イシュガルドの名門、ゼーメル家が天然の洞窟を利用しつつ、対ドラゴン用に構築を進めていた地下要塞。だが、その内部に妖異が沸き出したことで工事は中断。さらにはガレマール帝国軍の潜入を許すなど、トラブルが相次いだのだった。
現在は、帝国軍の姿こそないものの、内部は妖異と魔物の巣窟と化している状況。工事の再開のため、洞窟内の掃討が求められている。
というのが、ゲーム内の設定である。
脇道も隈なく探し、ビザールが仲間を待機させていたというチョコボ房も見て回るが、見当たらない。洞窟内のモンスターに苦戦することはなく容易に捜索が進められた。
大広間で巨大な翼付き目玉モンスターを討伐すると、魔導ターミナルという転送装置が現れる。一度転送されれば前には戻れない仕組みとなっている。
転送された先は高低差のある作りになっており、二手に分かれ低層部をエディとビザールが高層部をノーキとイノリが捜索することとなった。
「要塞っていうよりただの洞窟だね」
「うん、ところどころ構築を途中で投げ出した感じが出てるね」
高層部はそれほど広くなく、本線とは別に一つ行き止まりへ繋がる道があるだけであった。すぐに高層部の捜索は終わり合流地点でエディとビザールを待つ二人。
ビザールの呼ぶ声がした。どうやら低層にもいなかったようだ。
「あれ? エディは?」
「一緒に探しに行ったんじゃないの?」
「一通り低層探し終えて、二人を手伝いに行くって先に行ったけど、すれ違っちゃいました?」
「高層は脇道一つしかないから、こっちに来てたら分かると思う」
「だとすると先に進んじゃったっぽいですね。一人で大丈夫でしょうか」
ビザールは心配そうに来た道を振り返り見る。
「これくらいのダンジョン、エディなら一人でも大丈夫だと思うよ。ボクらもエディを追うとしようか」
「次のボスを倒したら最終層です」
「エディ随分先に行っちゃったみたいね」
衛兵食房にたどり着くと、タウラードというボスが現れた。難なく討伐を済ませると魔導ターミナルが現れた。
「おかしいですね。先に進んでいるなら既にタウラードを討伐してるはずなんですが」
「どこかで迷子になってるのかも」
「一旦引き返そうか」
「いえ、ボクが探してきます。お二人は先へ行って最終層の捜索をお願いします!」
「一人で大丈夫?」
「はい、もうモンスターは残ってませんから。すぐに合流しますよ」
5月のエオルゼア
_2021.05.03 第一話
__2021.05.05 第二話
___2021.05.07 第三話
____2021.05.10 第四話
_____2021.05.12 第五話
______2021.05.14 第六話
_______2021.05.17 第七話
________2021.05.19 第八話
_________2021.05.21 第九話
_________Coming soon
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