5月のエオルゼア 第五話
カーバくんとの修行は順調で、すぐにリムサの周りのモンスターくらい平気に戦えるくらいになった。
日中はモンスターを討伐し、日が暮れるとリムサ近くのリゾートのような住宅地の空き家で一日の疲れを落とす。
「エディー!」
夜の海でぷかぷかと浮かぶエディを浜辺から呼ぶ。
「ごはんできたよー!」
リムサでは調理師のギルドもあり、巴術士と並行して技術を磨いて行った。巴術に比べれば少しずつだが、簡単な食事を作るくらいにはなれた。食材は日中エディが採って来て、ボクがそれを調理する。
水滴の付いたままのエディと食卓を囲む。
「エディはさ、ここに来る前なにしてたの?」
「普通のサラリーマン。お前は?」
「ボクも同じ」
魚とキノコをバターで蒸したベイクドピピラに手を付ける。ピラニアみたいに獰猛な魚だが、意外と臭みもなく白身魚のような淡泊な味がする。
「こっちは仕事がない分気楽でいいけど早く戻らないとだなー」
最近ボクはこのままでもいいかなって思うようになってきた。
「早く戻らないといけない理由でもあるの?」
「家族が待ってんだ。嫁と娘」
「エディって父親だったの?」
「そうだ。なんか文句あるのか」
「いや、別に」
「お前だって待っている家族の一人や二人いるだろ? 今ごろ心配してんぞ」
「うちはそういうのはないかな」
「そうか、それはすまん」
「いや、家族はいるんだけどね」
「なんだお前家に居場所ねーのか」
エディが羊の背の肉を使ったマトンシチューを平らげ笑う。
「そんなとこ……かな」
「まあ、それでもさ、こんなとこにずっといていい訳ないんだ。俺たちは帰らないといけないんだ」
窓の外に浮かぶ月を見るエディの眼差しは父親の目をしていた。
「娘さんなんていうの?」
「いおり」
イノリとよく似た響きで少しだけドキっとした。まさか二人が親子な訳、ないか。
「名前がイノリとよく似てるもんだから、つい娘のように思っちまうんだよな」
イノリは黒衣森から出ると決まって体調を崩すらしい。詳しい事情は相変わらず教えてもらえないが、精神的なもののようだ。だからいつもは黒衣森を出ても短時間で返ってくるのだとか。エディはイノリとボクが二人でリムサへ向かったと聞いて心配になって後を追ってきたのだった。
エディと出会ったばかりのイノリは今のような快活さはなく、どこか怯えているような目をしていたそうだ。
「自分の娘がこんな得体の知れない世界にたった一人で放り出されたらと思うとゾっとするよ」
なんだかんだここでの生活にも順応してきて元の世界のことを考える時間も減ったが、普通に考えたら突然家族が行方不明なんて普通だったらゾッとするだろうな。
「なんでかこの世界は若い子が少ないし、イノリもお前に懐いてるみたいだし、仲良くしてやってくれ」
「ボクそこまで若くないよ」
「いくつよ?」
「32歳」
「ララフェルなのに?」
「ララフェルは関係ない!」
「ま、年齢なんて関係ない。頼むな」
エディがボクの頭をポンと叩き、食器を片す。
「明日にはお前も学者になれそうだし、適当に荷物まとめておけよ」
そういうとエディは寝室へ入っていった。
「いけ! カーバくん!」
「キュィ~」
カーバくんが、光を放つとギガントードは倒れ霧散していった。カーバくんと二人三脚でなんとか学者になれるまでになった。エディはギリギリ目の届くところで釣りをしている。育児放棄だ。エディが父親だなんてきっと奥さんは苦労しただろうな。まあ、でも子供は親の知らないとこで勝手に育っていくもんか。ボク子供じゃないけど。
「戦術は望む現実を作るためにある」とは巴術士ギルドのマスターの言葉だ。何もしないままだと現実は変わらない。望む現実を作る為にボクは巴術を極めよう。元の世界に帰る為に。イノリを元の世界に帰す為に。
アルカ・ゾルカというチンチクリン、もといララフェルの依頼をこなし、無事に学者になることができた。
「ようやく学者になれたな。とりあえずおめでとう」
エディは何もしてくれなかったけど、いつも目の届くところで見守ってくれていた。案外いい父親なのかもしれない。
「ありがとう」
「そうだ、カーバくん呼んでみろよ」
「え、うん」
言われるがままにカーバくんを召喚する。
「カーバく……さん……?」
『なになに~、私のこと~? もっとかわいい名前つけてよ~。まあ名前なんて別になんでもいっか。キミなんていうの? 教えて教えて』
羽を生やした小人がふわふわと浮かびながら喋っている。え……ボクのカーバくんどこいっちゃったの?
『もぉ~、ボーっとしちゃって! な・ま・え!』
「あ、ノーキです」
『ノーキね、よろしくね。ノーキちっちゃいねえ。子供みたい! ふふふ』
ボクより小さな小人がボクを小さいと笑う。
「エディどうしようカーバくんが空飛ぶ小人になっちゃったよ」
「妖精だな」
『フェアリーよ、まあ妖精でもいいけどね。私が可愛いことには変わりないんだし』
どうやら学者はカーバンクルではなくフェアリーを使役するようだ。ボクの相棒はこのおしゃべり妖精に変わってしまった。
『あなたたち、この世界の人じゃないよね』
「どうしてわかるんです?」
『敬語はやめて。堅苦しくて息が詰まる! 普通の人はね会話出来ないのよ。でも聞いたことあるんだ。中には会話できる人もいるって。それが、イセカイ? から来た人なんだって』
単なるNPCとは違うのか。
「すげえ、喋るな。妖精はみんなこうなのか?」
エディが感心しながら妖精をまじまじと見つめる。
『みんなお喋り好きなんだけど。人がいるところでは、身を守るために喋らないようにしてるよ~。口は災いの元っていうんだって。しらない?』
「じゃあ、カーバさんはどうして喋ってるんです?」
『敬語! いらない!』
「あ、すみま……ごめん」
カーバさんは満足そうにくるりとボクの周りを一周してみせた。
『だって面白そうじゃない。それでどこいく? 旅? 冒険する?』
「いや、アルっていう人の店に帰るとこだよ」
『おー! 隠れ家!? 秘密基地!?』
「まあ、そんなとこかな」
カーバさんがボクの周りを飛び回りじーっと見つめてる。
『ノーキ、弱いね。弱い子はモテないぞ』
道中レベル上げがてらモンスターを討伐しながら帰ることとなった。
「カーバさん?」
『なにー?』
「あの、攻撃してもらってもいいですか?」
『やだー、攻撃とか野蛮なことしなーい。攻撃はノーキがするのー』
「妖精は攻撃しないぞ、回復とかサポートはしてくれるけどな」
退屈そうに後方で座っているエディが明後日の方向を見ながら言う。
『そういうこと。エディ分かってるじゃない。賢い男は好きよ。提案があるんだけど』
ボクがモンスターと戦っているのはお構いなしにエディとカーバさんがこそこそ話している。遠巻きにボクを見ながら会話は弾んでいるようだ。
『そういうこと。かわいい子には旅をさせろっていうでしょ?』
「もうちょっと可愛げがあってもいいけどな。大丈夫だろ。んじゃ任せたわ」
可愛げがなくて悪かったな!
戦闘を終えて二人の元へ戻ると、エディは「お先!」といって駆けていった。
どうやらカーバさんの提案はボクを一人旅の修行をさせようというものだったようだ。他人に頼ってると成長しないから一人で何とかせよということだった。
『本当にヤバいときは、気が向いたら助けてあげるね』
気まぐれな妖精は当てにしない方が良さそうだ。自分の身は自分で守る。手助けはしてくれないが話し相手にはなってくれるらしい。カーバさん自身が喋りたいだけなんだろうけど。
『ふーん。それでイノリのこと好きなの?』
「いや、そういうんじゃない……と思う」
道中ボクらはお互いの知っていることを共有しあった。
『元の世界ってやつ戻れるようになったら一緒に連れてってよ』
「それはどうかな、戻れるかどうかも分からないし」
『イノリを元の世界に戻してあげるんでしょ? 戻れるって信じなきゃ戻れるものも戻れないよ』
確かにそうだ。改めてボクは元の世界へ戻る決意を固めた。
ちょっとだけ脅してみよう。
「カーバさん連れてかえったら、世界中から注目されてカーバさん研究されて解剖とかされちゃうかも」
『研究!? 研究されたい!! 解剖もいいよねえ、何が出てくるかな? お花とか!?』
どうやらボクはカーバさんには敵わなさそうだ。
大変だった道のりも強くなったおかげか帰り道は軽快に進んでいった。黒衣森が見えてきたところで行き道立ち寄った祠で休憩することとした。
『ひんやりとしてて気持ちいいねー、お祈りしとく? あの世の神だけど』
「ここに祀られているのってあの世の神なんだ」
『ザル神っていって、ナルザル神の片割れみたいなので、死者の世界を司る神。
来世の利益を約束してくれるんだって。元の世界に戻っても幸せになれますよーにってお祈りしたら?』
「死者の世界じゃないんだけど」
『いっしょいっしょー。だってここでの身体から向こうの身体に移る訳でしょ? だったら死んで生まれ変わったのとおんなじじゃない?』
「死ぬってなんだろうな」
『むずかしいことわかんなーい。さ、お祈りしよ』
イノリやエディ、アルさん、他にもこの世界に迷い込んでしまったトラベラー達がみんな元の世界に戻って幸せに暮らせますように。まだボクにはなんの力もないけれど、一つ一つ積み上げて大きな力を手に入れて、元の世界へ戻る糸口をつかむんだ。
『……ノーキ、ノーキってば!』
カーバさんが耳元で囁く。振り向くと大柄の男とボクと同じララフェル族の男がニタニタ笑いながら立っていた。
『あいつら、なんか変。関わらないで行こう』
俯きながら横を通り過ぎようとしたところで小さい方がぶつかってきた。
「いてっ!」
「あ、すいません」
『相手しちゃダメ!』
そのまま素通りしようとしたところで大きい方に肩を掴まれる。
「おーい、人にブツかっておいてそれだけかよ? 出せよ」
トラベラーにもこんな分かりやすいチンピラがいたとは。最初にイノリ達に出会えたボクは本当に幸運だ。しかし、どう切り抜けよう。
「とぼけた顔しやがって、分かってんだろ? 金だよ。か・ね!」
「あいにく無一文でね」
「ッチ、PKって知ってるか? 俺好きなんだよなーPKが。どうせゲームの中だ。殺したいだけ殺しても誰も咎めやしねえ」
「この世界で死んだらどうなるんだろうねえ、俺達死んだことないから分かんないや、一回死んでみて教えてよ。あ、死んだら教えられないか」
ぶつかって派手に倒れていた小さい方が立ち上がって大笑いする。
「怪我はなさそうだな。先を急ぐから」
どう見てもこの世界にきてやっとのこと学者になったばかりのボクでは勝てそうもない。逃げるが勝ち!
「待てっ!!」
小さな身体で必死に駆けた。躓きそうになりながらもなんとか黒衣森までたどり着こうとしたところで再び肩を掴まれた。
大きい方は武器を持たないモンクで小さい方はあれは杖か。攻撃してこない様子から白魔道士と思われる。必死に戦術を組み上げる。しかし勝機が見いだせない。ドガっと音がして視界が宙に浮いた。遅れて左頬に鈍い痛みが走る。カーバさんがボクを回復する。すぐにモンクが吹き飛んだボクの元に飛び込んでくる。
「鼓舞激励のさ……」
腹部がえぐれるような痛みと共に身体が宙に浮いた。無理だ。ここまでか。カーバさんが必死に回復してくれているが、ダメージに追いつかない。意識が途切れそうだ。
「三連魔」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「フリーズ」
一瞬でモンクと白魔道士が氷漬けになる。
「デスペア」
間髪入れずに淡々と呪文が唱えられると氷漬けになったモンクが一転灼熱の業火に包まれた。
「フレア」
辺り一帯が炎に包まれたところでボクは意識を失った。
※ ※ ※
「きて……起きて……」
目が覚めるとそこは元の世界だった。
「母さん……」
「よかった……よかったああああ」
母さんが子供の様に泣きじゃくる。
「どうしたの?」
「あなたまでいなくなっちゃうんじゃないかって……」
父さんが死んだときは全然平気そうだったのに。なんでだよ。
辺りを見回すとそこは病室だった。夕日が差し込みオレンジ色を帯びた壁に掛けられたカレンダーには赤と青のこいのぼりが気持ちよさそうに泳いでいた。どうやらボクは元の世界に帰ってきたようだ。向こうの世界でのボクは死んでしまったのだろうか。死んだらこちらに戻ってくるということだろうか。案外簡単に帰ってこれるもんだ。まだ何も成し遂げてないのに。
ようやく学者になってこれからだって少し楽しくなってきてたんだけどな。イノリや皆は心配してるだろうか。イノリも無事帰れるといいな。
「大丈夫?」
ベッドの脇に置かれた椅子に座った母さんが心配そうにのぞき込む。
「うん。ちょっとボーっとするくらいかな」
「もう無理はしないでね」
どうやらボクは過労で倒れていたらしい。意識を失って昏睡状態だったとか。
「泣くなよ」
いつもふわふわと笑ってる母さんがここまで本気で泣くなんて、まさか想像もしてなかったから動揺する。
「だってええええ」
「はいはい、心配かけて悪かったよ」
抱きつく母さんの頭を雑に撫でる。まったくどっちが親だか分からないな。
「あ、こういうのって先生呼ばないといけないんじゃないか?」
「あ。うん、呼んでくるね! 無理しておき上がったりしなくていいからね! 大人しくしてて!!」
そう言うと母さんは病室を飛び出していった。
「病院では走るなよー。聞こえてないか」
枕元にあるナースコール用のボタンが目に入ったが見ないふりをした。
簡単に診断を受け、とりあえず異常がないことが分かった。明日の検査で異常がなければ退院出来るらしい。最近の病院はあんまり長く入院させてくれないんだな。そのくせ医者からは仕事はしばらく休みなさいと厳しく言いつけられた。
「あんまり無理して母さん心配させんなよ」
母さんからの報せを受けて見舞いに来た姉が病室の荷物をまとめながら言う。姉と入れ替わり帰った母さんはまた明日迎えに来てくれるそうだ。
「ああ……」
「なに? まだボーっとすんの?」
「まあ、そんなとこ」
「母さんさ、心配で心配でしょうがなくて毎日通ってたんだからちゃんとお礼言っときなよ」
「意外だな……」
「アンタってホント馬鹿よね。どうしようもないわ。だからお医者さんになる夢も叶えられなかったんじゃない」
「それは関係ないだろ」
「あの日からアンタなんも変わってないじゃない! ホント見てて腹が立つ」
「あの日ってなんだよ」
「父さんが亡くなった日よ。あれからアンタ何もかも悟ったような顔して何もかも諦めたような顔して。何にもしなくなったじゃない」
やけに突っかかってくる姉に妙に腹が立ってきた。
「何にもしてなくなんてない! 倒れた原因だった過労なんだろ? こっちは仕事頑張ってんだよ」
「成り行き任せで、なんの意思も持たずに。まるで機械にでもなったみたいに、なんの目標も持たずに目の前のことしか見ようとしないから、だからアンタはなんにも気付かないのよ!」
「それの何が悪いんだよ!」
「母さんは……。母さんは! アンタが立ち直れるようにって、自分だって辛いのにそれを押し殺してアンタが幸せになれるようにってずっと願ってた! 母さんが泣いてるとこ見たことある!? ないでしょ!? アンタが気付こうとしないから、母さんの優しさに甘えて! 母さんが一番辛いのに。なんでアンタばっか不幸な顔すんのよ!」
「そんなの……わかんねえよ……」
「父さんと約束したんじゃないの? 世界を救うんだって」
「そんな子供じみたこと……もう32歳だぞ」
「諦める為の言い訳しかしないじゃない。小さな世界を救うんじゃなかったの!?」
――例えば家族とか友だちとか大切な人。それが小さな世界だ。
「もう母さん楽にさせてあげてよ。無理して笑ってる母さん見てると私まで耐えられなくなる」
――自分の手の届くところから始めるんだ。それが積み重なっていつか大きな世界を救う力になるんだ。
「ボクは、どうすればいいのかな?」
「それくらい自分で考えなさいよ!」
扉を乱暴に開け姉が飛び出していった。まるでこの部屋に来たばかりのように整頓され、ボクの荷物はひとところに整然とまとまっていた。
「小さな世界を救う……か。」
イノリは大丈夫だったかな。学者になったらイノリのことちゃんと知ろうと思ってたんだった。埋もれる程の雪原だってまだ行けてない。約束したのに。
「母さんごめん。ボク、約束があるんだ」
まだ何にも出来てない。ボクの小さな世界を救わないと。一つずつ、あの日の積み木のように救っていこう。
※ ※ ※
「うぅ……」
目が覚めると天井の木目が父親のような眼差しでボクを見守っているような気がした。栗毛の尻尾が目に入る。ここはアルさんの店の地下にある寝室のようだ。
「夢か……」
いや、どっちが夢なんだか。
「ノーキ!!!」
栗色の尻尾がピンと立つと、その持ち主が駆け寄ってくる。なんだか既視感があるな。すぐにボクのいる木製のベッドにたどり着くと飛びついてくる。身体のあちこちに痛みが走る。
「いてっ」
「あ、ごめん!」
まったく、目覚めたばかりの人間に飛びつくなよ。イノリも母さんも。あれ? 母さん?母さんの夢見てた気がする。なんだったっけ。
無意識に身体を起こそうとすると再び激痛が走る。
「大丈夫……?」
「けが人は大人しくしてろよ」
イノリの声に気付いてかエディが1階から地下の寝室に降りてきていた。
5月のエオルゼア
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