LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

12月のエオルゼア 第一話 20.12.26

  東京はあいにくの雨、夏のほとぼりを冷ますかのように。今夜は一段と冷える。

「お嬢さん、傘差さないんですか? 風邪ひきますよ」

「ええ、これを差すくらいなら風邪を引いた方がマシです」

「よければ私の傘に入ってください」

「お気遣いありがとうございます。でも、私ひとりで大丈夫ですから」

「では、偶然近くを歩く男の傘が貴女の頭上を覆っているということにしましょうか」

「……」

 今更雨に当たろうがずぶ濡れには変わりない、ただ、このときは通りすがりの紳士の想いを無碍にする程の気力を持ち合わせていなかった。

「では、私はこちらですので」

 そう言うと、男は走り去っていった。首筋に冷たい何かが当たる。とある雨の日曜日。

 

 

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「はぁー!?」

 激昂するのは、小坂はるかだ。

「いい歳したおっさんが体調管理もできないのか」

「いや、だから仕事には支障がないって」

 弱弱しくも反論する富岡学。

「そんなフラフラな状態でお客さんの前出るって言うのか? 移したらどうすんだよ」

 眉目秀麗な見た目からは想像も出来ない荒々しい口調で糾弾する。

「……すまん」

「別にトミさんいなくても問題ないし、今日は帰っていいから」

「……すまん」

「これだから独り身のおっさんは」

 はるかがため息を漏らす。

「独り身は関係ない……だろ」

「反論する元気があるんだったらとっとと帰って治してこい」

 まるで立場が逆転したかのような二人だが、富岡はこの日ばかりははるかに従うほかなかった。

 

「仕事命かよ、自分の身体の心配しろよ。だからハゲんだよ」

 とぼやくはるか。

「ねぇねぇ、聞いた? 富岡さんの体調不良の原因」

「なに? 原因があるの?」

 耳打ちするようにはるかにの耳元に顔を寄せる同じ営業企画部の松井加奈。

「昨日、嵐の中若い女の子と一緒に歩いてたんだって! 一つの傘で!」

「なんだちゃんとやることやってるのか」

 となぜか少し安堵するはるか。

「小坂さん富岡さんのお母さんみたいだよね」

 松井が笑う。

「お母さんって、私が娘でもおかしくないくらいの年齢だよ」

 はるかがため息を漏らす。

「お母さんは青春真っただ中の息子の休暇簿とってくるわ」

「あ~、それなら富岡さんちゃんと自分で総務に出してたよ」

「……そっか」

 

 

 河野莉子はMMORPGいわゆるオンラインゲームにハマっている。もともと内気で人と話すのは得意ではなかった。けれどこの画面越しのコミュニケーションに苦手意識は持たなかった。

 友達といえる人は一人だけ、それも美人で快活なキャリアウーマン。彼女のことは大好きだけれど、私じゃ釣り合わない。友達と思っているのは私の方だけかもしれない。そんな風に思ってしまう自分に自己嫌悪する。彼女のたくさんいる友人の中の一人。それが私。

 そんな私でも、このゲームの中には沢山の友人がいる。自分で言うのもなんだが、人気者の部類だと思う。

 なぜなら、私は唯一の友人を模倣しているから。

 これが私のロールプレイ。

 

 いつものようにみんなに呼びかける。率先して共に楽しむ時間を作り出す。普段は苦手な会話もなぜかチャットになると饒舌だった。プレイ中は自分が彼女になったと錯覚してしまうくらいに。

 私によく似た子がいる。私と言っても「現実世界の私」にだが。

「ツユちゃん!お暇?良かったらツユちゃんも一緒に遊ぼう」

 別に仲良くはない。けれど勝手に自分の好きなようにあだ名を付けて呼ぶ。

「ご一緒していいんですか?」

 不安そうな彼女。まるで自分を見ているようだ。

「いいもなにも、私がツユちゃんと遊びたいなって思ったの」

 輪から外れないように、その場にいるけど常に人を尊重する。良い人。良い子。だけど別にいてもいなくても変わらない。自分自身そんなこと分かってる。でも、いてもいなくても変わらないという事は、いてもいいってことだ。そう言い聞かせる。独りぼっちになるのが怖い訳ではない。でも本当の独りぼっちになりたくはない。

 必要以上に接するのは、私の友人がそうだったからか、私自身がほっとけないからかなのかは分からなかった。でも、彼女の純粋な言動に心が癒されていったのは疑うべくもなかった。

 私はこうして自分を偽っている。彼女のように純粋な心。私は持っているのかな。

 

 

 たった1日だが返信がないだけで不安を覚えるのは、はるかにとって学生時代からの友人河野莉子だけだろう。

「おかしいな、なんかあったのかな?」

 週末のお誘いをしたが、返事はなかった。仮に多忙を極めていようが、忙しい旨をその日の内に必ず返信してくれる彼女から音沙汰がない。

「なにかあったら連絡くれるだろうし」

 と冷静を装うも気になったら止まらないのが彼女の性分であった。気付けば河野莉子の家の前にいた。

「あ、手ぶらだけど、まぁいっか」

 チャイムを鳴らすと、すぐに莉子が部屋着姿のまま顔を出した。

「はるか」

驚いた表情をする。

「なんかあった?」

「え、なんで?」

「返事なかったからさ」

「あ……もしかして」

 思い当たる節があるような表情のまま、はるかを家へ招き入れる。

 

「買い替えだね」

 電源の入らなくなったスマホをテーブルに置く。

「うん、雨で水没するとは」

 と、鼻をすすりながら莉子が言う。

「昨日の雨すごかったからねぇ」

「新しくしたらすぐ連絡いれるね」

「うん、待ってる。何もなかったなら良かったよ」

 何もなかった訳じゃないか、と壊れたスマホをトントンと指で叩きながらはるかが笑う。

「最近のスマホ高いからなー」

「あ、用事はなんだったの。メール見れなくてごめんね」

 はっと思い出したように大きな目と控えめだけどふっくらとした口が開く。

「そうそう、別に大したことじゃないんだけどさ、週末暇してたら出かけようっていうただのお誘い」

 莉子が返事をするのを待たずにはるかが続ける。

「でもさ、上司が体調崩して休んでてさ、長引くようだったら休日出勤になるかもしれなくて。とりあえず、一旦リセットで。また連絡するよ。だから早く直しておいてね」

 うん、と莉子がうなずく。

 はるかの視線の先にコントローラーが映る。

「あのゲーム続いてるんだ」

「うん」

「これ難しいんだよね、すごい使いっぱしりにされるし」

 莉子が初めて間もない頃、はるかは一度だけ一緒にプレイをしたことがあった。しかし、どうも合わなかったらしくすぐにギブアップしていた。

「最初はどうしても……ね」

「人には合う合わないあるし! 私には合わなかった! でもちゃんと自分に合う趣味を見付けられるのは羨ましいよ」

ちょっとやってるところ見せてよ、とはるかがモニターの前に座りプレイステーション4を持ち上げ電源ボタンを探す。

「スイッチどこ?」

「終電なくなっちゃうよ?」

「もうこんな時間。そうね、また今度にしよう」

玄関に向かう二人。傘立てに二本の傘が並んでいる。

外に出ると、何か考えるような表情をするはるか。

「ふーん……」

 莉子が首を傾げはるかを見つめる。

「おやすみ」

すぐに笑顔に変わり、振り向き颯爽と歩いて行く後ろ姿に莉子が「おやすみなさい」と声を掛けると、はるかの右手が上がりヒラヒラと揺らめいた。

 
 
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