LLP Labo -FF14 エオルゼア研究所-

ウマいヘタ関係ナシに楽しくがモットーな人達の宴

12月のエオルゼア 第五話 20.12.30

 部屋の明かりを付けようとスイッチを押すが、点かない。何度か押してみたがやはり点かない。洗面所の明かりは点いた。すぐに消した。光が目に残って何も見えなくなる。仕事用のカバンを無造作に投げ出してベットに倒れ込む。

「電球買いに行かなきゃ」

 口から零れる言葉は宙ぶらりんなまま、微睡みの中うつらうつらとする。何かしようという気力が沸いてこないのは先日の雨で引いた風邪のせいだろうか。頭がぼんやりする。

 誰かが呼吸する音が聞こえる。ああ、これは私の音か。誰かの鼓動が聞こえる。ああ、これも私の音か。私から勝手に出てくる音以外、部屋の中には一切の音がない。暗闇と静寂に生きていることを突きつけられた。

 どこかからガサゴソと音が聞こえた気がした。気のせいだろう。少し強くなった雨の音が部屋中に沁みて滲んでいく。

 ようやく重い腰が上がり、まずは携帯を充電するところから始めようと思った。目を瞑ったままどこに何があるか分かるくらいにはここで暮らしていたはずなのだが、人間の記憶や感覚は結構曖昧なのだろう。部屋の中央に置かれたテーブルに足をぶつけた。

 大きな音がした。テーブルに足をぶつけた音ではない。玄関の扉が開き、私を呼ぶ声がした。

「あれ、点かない、莉子! 大丈夫?」

 電球切れちゃってるんですよ。声の主はすぐに諦めて私の元に駆け寄った。

「大丈夫、テーブルに足ぶつけただけ。そんなことよりどうしたの」

 何故、ここにはるかがいるのだろうか。スーパーの袋、赤い果物。リンゴか。なるほどお見舞いに来たところ部屋から大きな音がして飛び込んできた。そういうことだろうか。でも風邪をひいてるって言ったかな。あれ、はるかの前の私ってどの私だっけ。何を言えばいい。どんな表情をすればいい。ああ、電気が点かなくてよかった。剥きだしの傷口が茶色くなったそれが袋から転がり出る。

「壊れたままでしょ」

 いつから壊れてたんだろう。おかしいな、なおったと思ってたんだけどな。最初から壊れてたんじゃないかな。初期不良だよ。

 そういえば、リンゴは塩水につけると茶色くならないそうだ。人の心も傷口が涙で濡れるうちは腐らないのかもしれない。心を腐らせないように涙が出るのかもしれない。そんな考えを巡らせるくらいには私は冷静なつもりだった。

「そんなことより。どした、なんかあった?」

 なんで分かる。真っ暗で雨音に濡れた部屋に響くのは、はるかの声ばかりなのに。自分でも気づいていなかったのに。どうして貴女はそんなに簡単に見付けてしまうの。背中から冷たい体に覆われる。

「外寒かったね」

 温もりに心が緩んでやっと出た声が滲む。

「東京は暖かいよ」

 私たちの故郷に比べれば、東京は一年中熱を帯びているようだった。

「どうして……」

「莉子の親友だからね」

 耳元をくすぐる甘い言葉。

「親友ってたくさんいるんでしょ」

 自嘲気味に笑う。もっと素直に受け止められればどれほど楽だっただろうか。

「莉子だけだよ」

「ずるいよ、私知ってるんだから」

 だってずっと貴女を演じてきたのだから。

「ずっとはるかの真似をしてた。そうすると周りに人が集まってくるの。人気者になった気分で心地良かった。本当の自分じゃないのにね」

 はるかが珍しく何も言わないから、言葉が止まらずに溢れてくる。

「段々と自分が見当たらなくなってくるの。私は偽物でこの世に必要ないんじゃないかって」

 はるかに何を言ったところで見つかる訳でもないのに、醜い私をさらけ出してしまう。身体が熱を帯びるのは情けなさからなのか、恥ずかしさなのか、怒りなのか分からない。生まれてからずっと一緒だったはずの私の心の所在が分からない。気付けば行き場を見失い底に溜まっていた言葉をはるかにぶつけた。

「全部莉子だよ。私の真似してたんだったら、分かるんじゃないかな。難しいことは気付かないふりして明るく楽しそうに振舞ってるのが楽なこと」

 私はいま震えているのだろうか。少しだけはるかの声が震えて聞こえた。

「私も私を演じている。でも演じてる私も私なんだ。どれが本当かなんて分かりっこないよ。だって全部本当なんだから」

 ああ、違う。はるかも戦っているんだ。

「お父さんに会いに行こう」

 一番最後に受信したメールは故郷で暮らす兄からだった。父親のことと一緒に一度帰ってくるように書かれたメールは返信する間もなく電源が落ちた。

「お父さん何も言わなかった。前にメールしたのに、何も言ってくれなかった。私がこんなんだから。だから言えなかったんだ」

 息が荒くなってくる、呼吸がし辛い。普段どうやって息を吐いていた。息が吐けない。

「好きな人に好きって伝えるのが難しいように、大切に思う人に伝える言葉って勇気がいる、大切に思えば思うほど言葉は重くなっていくの。それは莉子が一番良く分かってるでしょ」

「じゃあなんでまたねなんていうの!?」

背中のはるかを振り払って叫んだ。

お父さんは、またねと最後に言った。もう次なんてないことくらい本人が一番分かっているはずなのに。

「次なんてあるかどうかも分からないのに」

息を吐き切った。瞬間我に返った。

「……ごめん」

「願い――」

 はるかはそれを願いと呼んだ。

 あなたにまた会いたいと思っている。あなたは私の心に生きているよ。人が人に願いを込めて送るラブレターなのかもしれない。

 

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 タイミングが良かったのかもしれない、すんなり休みを取ることが出来た。私の故郷の街で一番大きい大学病院に向かった。

 河野昭夫と書かれた病室の前、ひとつ息を吸う。ふくよかで力強く男手一つで育て上げてくれた父親の陰はなく、すっかりとやせ細った弱弱しい老父がベッドに横たわっていた。

「お父さん」

 声を掛けてみたが返事はない。父の頬に手を当てると温かかった。

「莉子か」

瞼は閉じたまま、唇がゆっくりと動く。

「おはよう」

「おはよう、東京はもう慣れたか」

 ちゃんと食べているか。仕事辛くないか。生活できているか。父から発せられる言葉はどれもこれも私のことばかり。

「平気だよ、もう子供じゃないんだからね」

「俺にとってはいつまでも子供だよ」

 大きな窓から差し込む夕日が影を作る。

「またな」

「うん、またね」

 この日の「またね」は言葉通りの意味を持たないことを知っていた。でもこの日の「またね」は言葉以上の意味を持っていた。

 

「ありがとう。おやすみなさい」

 それから程なくして報せを受けて再び故郷に帰る事となった。全身に黒い服を纏って。そして最愛の父親に「願い」と呼ばれた言葉を送った。



12月のエオルゼア
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--- 第三話 20.12.28
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----- 第五話 20.12.30
------ 最終話 20.12.31

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